昨年の滋賀大会開会式で勢揃いした球児ら(2019年7月7日、大津市・皇子山球場)

昨年の滋賀大会開会式で勢揃いした球児ら(2019年7月7日、大津市・皇子山球場)

 新型コロナウイルスは春に続き、高校球児から夏の晴れ舞台までも奪い去った。20日、甲子園大会とともに京都、滋賀大会も中止の決断が下され、京滋の指導者や選手は「成果を見せたかった」「言葉が見つからない…」と無念の思いを語った。

 「今年がないと決まった時は、悔しくて言葉が出なかった」。近江の土田龍空主将(17)は、無念さをにじませた。
 2001年に甲子園で準優勝するなど夏14度の出場を誇る強豪で、1年からレギュラーとして2年連続で甲子園の土を踏んだ。同校初となる夏の滋賀大会3連覇を目指していたが「落ち込んでも始まらない。上の世界で野球をする夢を追いかけるため、腐らず練習を続ける」と気丈に語る。
 指導する多賀章仁監督(60)は「(練習が十分できない中で)今から準備をするのは難しい面もあり、複雑な気持ちだった。移動中や宿舎での感染リスクもある」と高野連の判断に理解を示した。一方で「部員は甲子園に近づくためにと近江に来ている。滋賀の大会だけでもやってもらえないか」と心情を語った。
 大きな目標がなくなった3年生からは代替試合を求める声が相次いだ。比叡山の千本峰久主将(18)は「大会があると信じてやってきたので、正直、ショックで受け止められていない」と声を落とした。「どんな形でも、3年生が出られる大会があって終われれば。自分は大学で野球を続けるので、明日からもトレーニングは続ける」
 大津商の堤伸之助主将(17)は「僕ら3年生にとっては最後の大会。甲子園が目標だったので、悔しい気持ちはあるけど、安全のことを考えると仕方ない」と受け入れつつ、「このままでは悔いが残って終わってしまう。何かやりきる大会がほしい」と訴えた。