5月18日 愛らしいかしわ餅
 かしわ餅。小さい頃、おくどさんの上で蒸されていた香りをほんのり覚えています。祖母のお餅は2枚のハート形の葉に挟まれていた。ん? 「サルトリイバラや。裏山で摘んでた」と母。へえ!(といまさら)。いずれにしても子の成長を願い作られる、どこかのんびりした愛らしい5月のおやつ。「柏(かしわ)餅の餅含みつつ恋人の故郷の犬に吠(ほ)えられてゐる」(石川美南「体内飛行」)。こんな場面も桜餅ではなく断然かしわ餅ですね。

5月19日 卵を見れば
 何食べたい?何にする?が、わが家の朝昼晩のあいさつ兼重大テーマとなっています(「何でもええ」はNG語)。悩ましいメニュー決めの中で、ああありがたやというのが卵です。だし巻きにオムレツ、天津飯からケーキまで、展開豊富! 1950年は1パック約100円。70年後の今でも200円余で買えるというこのありがたさよ。
 「ひとり居て卵うでつつたぎる湯にうごく卵を見ればうれしも」(斎藤茂吉「赤光」)。

5月20日 パン屋さん
 京都のパン屋さんの多くは朝早い。うれしいことの一つです。しかも美味。すぐ近所にいいパン屋があることは人生の幸運だ。でも多少遠かろうと早起きしてお出掛け、温かなクロワッサンなど入手して、カフェオレ作る…なんてことはすぐかないます。おやつパンも買(こ)うとこ。今日から二十四節気の「小満」。万物の成長が相整う時。麦秋も含む時節。小津安二郎の「麦秋」で杉村春子さんはこう言いますね。「あんパン食べる?」

5月21日 煎茶の入れ方
 私のいた「暮しの手帖」編集部には煎茶を入れるときの独特の決まりがありました。底のできるだけ広い急須に適量の茶葉を投じ、熱すぎぬお湯をヒタヒタ程度注いで数十秒蒸らしたあと再び注ぐ。それだけ。コーヒー抽出と同じ要領ですね。が、これがうまい。煎茶特集で部員たち自身も経験し、学んだ新しい慣(なら)わしです。客人がつと面を上げ「おいしい!」なんておっしゃることも時折。でしょう、とにっこり微笑(ほほえ)みがえし。

5月22日 モーニング行こ
 東京はモーニング文化がない、と京都の友が昔ぼやいていましたっけ。京には確かにありますね。ここで言う「モーニング」とは喫茶店の朝のサービスセットのこと。グのあたりをしっかり発音するのが肝要で、もはや日本語。「モーニング行こ」とかと関西弁で言うのが似合います。なじみの店主と軽口を交わし、いつもの席でいつもの新聞を開く。トーストにコーヒー。ふうとひと息。なんでもない習慣が今は最もいとおしい。

5月23日 ソラマメって
 ソラマメむきは愉快。ごますり、大根おろしと並び、子どもを台所仕事に向かわせるのに最適な入門編です。立派なさやの中に大切そうに鎮座した豆がたった数粒という効率の悪さだけれど、何か愛敬(あいきょう)がある。「ソラマメはふかふかふとんにくるまれて幸せいっぱいゆでるとくさい」(本上まなみ「短歌はじめました。」所収)。トウバンジャンの材料でもあり、比較的簡単に作れるのでこの時期トライされてはいかがでしょう?

5月24日 宝石箱とどく
 琵琶湖畔、大中(だいなか)干拓地で農家を営む旧友から今年もミニトマトが届きました。鮮やかな赤がぴかぴかまぶしい宝石箱。かめば糖度の高き果汁が口一杯に広がります。前に訪ねた彼の温室には鈴なりの果実と、ぶんぶん飛ぶマルハナバチが。その働きぶり、かわいさに感動したものです。この1粒にたどりつくまでに費やした肥培、温度管理…試行錯誤の歴史も聞く。旧友もハチも太陽も尊敬しつつ、も一つパクっ。

 

~「びいるのんだ」「いろいろのんだ」~

 

<文 澤田康彦 絵・題字 小池アミイゴ>

 この外出自粛の中、友人たちと互いにメール連絡をし合っていると「酒量が増えた」「やばい」という声を多く聞くようになりました。ヒマで→台所とダイニングが心地よい居場所となりつい食べる→飲む→こっちを自粛せねば! というのが共通の危機感覚。「パートナーが酒飲みで巻き込まれる」なんて訴える人も(相手も絶対そう言うてます)。

 ぼく自身もお酒、特にビールやワインなどを好む者で、若い頃はともかく今は適量に抑える習慣を身につけている…つもりでしたが、確かに最近はあかん展開かも。毎晩はダメですよね。みなさまもご注意を。

 さてさてそこで、世話好きの娘(中2)に管理を頼むことにしました。ちょっとした遊び感覚、実益を兼ねたゲームのつもり。飲むのは「週3日」の約束。「2」と言う彼女に「それは」とへりくだり笑いをして「3」に。

 が! 娘は予想を超えたストロングスタイルで臨んだのです。ダイニングの大きな書き込み式カレンダーに、家族みんな予定が立たず真っ白の中、私の列だけにぎやかな書き込みが躍ります。

 「びいるのんだ」「わいんのんだ」「びいるわいんのんだ」「しゃんぱんのんだ」「にほんしゅのんだ」「いろいろいっぱいのんだ」…。

 犯罪のようだ。ひらがなはわざとで、ちょっとあざけるようなタッチが憎らしい。妻はわれ関せずという顔をしていますが、陰で笑っているに違いありません(「昨日飲んでたよ」とか告げ口までしているらしい)。

 子どもの手前、約束を守る立派な父でありたいのですが、それでも熱々のトンカツ、ぱりぱりのギョーザなど「おいしいね」が出てくると心も砕け、今どきの検察よりも厳しい娘に頼みこんで、何とか翌週分から1回を「借金」することに。その負債は徐々に膨らみ、今は2週先まで飲めない始末。立派どころか実にカッコ悪い父と化しました。

 余談ながら、学校再開までは私が娘の教師をやっているわけですが、ある日は日本史、中世の講義。「徳政令はやね、借金を帳消しにする法」と言うなりハッとして娘と目が合います。しかしわが子は「あかんで」と優しく首を横に振るのでした。 (編集者)

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澤田康彦 さわだ・やすひこ 1957年生まれ。編集者・エッセイスト
小池アミイゴ こいけ・あみいご 1962年生まれ。イラストレーター