1989年1月8日、改元の日に生まれた男の子は「平成(ひとなり)」と名付けられた。その後、身長187センチの若き文化人としてメディアで大活躍する▼だが「僕はもう、終わった人間」と悟り、平成の終わりとともに自らの命を終わらせたいと考える。社会学者の古市憲寿さんの小説「平成くん、さようなら」だ。芥川賞候補作にもなった▼不良債権処理、隣国との歴史認識、巨額の財政赤字、廃炉もままならない原発…。「平成は昭和のツケを払い続けてきた時代」「昭和もろとも、平成を終わらせないといけない」と主人公は言う。作者の思いが言葉の端々に投影されているかのようだ▼時代に殉じるごとく、人生の幕を自らの意思で閉じるには―。安楽死がテーマだったが、人物を取り巻くモノや出来事を含め、平成時代とは一体何だったのかを問おうとしたのかもしれない▼時代に殉じると言えば夏目漱石の小説「こころ」が頭をよぎる。主人公の先生は明治天皇と、後を追った乃木希典大将を引き合いに明治の精神を語った。きのうは昭和の日だったが、平成改元時も昭和の精神に殉じた人がいたのを思い出す▼時は移り、天皇の寿命と代替わりを切り分けて、混乱なく、きょうを迎えた。過ぎゆく一時代の終わりを共有する一日である。平成よ、さようなら。