明治中期に来日したラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が記す。「着物の多数を占める濃紺色は、のれんにも同じように幅を利かせている」(「新編日本の面影」東洋の第一日目)。藍染めの青は当時、庶民の色だった▼福知山市では地域で藍文化を守る。種まきから、原料の「すくも」作り、染めまで全ての工程を手掛け由良川藍として発信する。その役割を担うのが福知山藍同好会だ▼かつて桑の木の下では藍が植えられたが、1980年代、養蚕の衰退で由良川沿いの桑畑が荒れていた。塩見敏治代表(85)は82年、庵我地区で藍栽培を約60年ぶりに復活させた▼染めは家庭では難しいとされるが「藍染めは誰でもできる」という解説書を頼り、栽培から13年後には妻勝美さん(80)と本場徳島を訪れた。茶色の染め液に漬けたハンカチが空気に触れ、鮮やかなあさぎ色に発色した▼その感動を伝えたいと同好会を立ち上げて24年。藍の濃淡とさまざまな技法を組み合わせ、多様な表現を追求する。今夏の発表会に向け丹後和紙を型染めした扇子を創作している▼すくもから染め液を作る工程を「藍を建てる」と呼ぶ。温度管理やかき混ぜる手間など気が抜けない。「染める喜びを思うと頑張れる」と勝美さん。きょうは立夏。藍の映える季節が巡ってきた。