部活だろうか、生徒たちの歓声が聞こえる京都市右京区の太秦中。校門前に立つと、映画ファンなら涙が出そうなものが目に入る。ベネチア国際映画祭金獅子賞と米アカデミー賞のオスカー像を模した記念碑だ▼ここにかつて大映京都撮影所があり、黒澤明監督の「羅生門」を生み出し、国際的な賞をもたらした。撮影所にあった「グランプリ広場」が地元の熱意で復活したのは2002年。記念碑には<日本のハリウッドと呼ばれていた>と黄金期の太秦映画史が刻まれ、誇らしげだ▼95歳で亡くなった京マチ子さんが、初めて映画の世界に踏み出したのは、この太秦の地だ。敗戦の前年、大阪松竹少女歌劇団に在籍のまま時代劇に「ちょこっと出され」、楽屋から嵐山を見て泣いたそうだ▼数年後、京都で歌劇団公演に出ていて、大映幹部の目にとまり、大映に入社。溝口健二や成瀬巳喜男、衣笠貞之助ら戦後を代表する監督の下で、瞬く間に銀幕のスターとなった▼「私の初期の作品はみな京都で撮ったんですよ」と本紙で語っている。「羅生門」で国際的女優となるが、その裏では木屋町の宿で稽古に励む姿があったそうだ▼妖艶、古風、激しさ…さまざまな顔を見せた女優の歩みを、太秦の記憶に刻んでおきたい。再評価の動きが出ているのがうれしい。