将棋の羽生善治九段(48)は、タイトル獲得が計99期に及ぶ空前絶後の棋士である。それが、歴代最多となる公式戦通算1434勝を挙げた先の対局で、相手の永瀬拓矢叡王(26)に「どうぞ」と上座を譲った▼1996年には当時の七大タイトルを初めて独占した。防衛して期数を重ね、後にこれも初めての永世七冠となった。とはいえ、昨年暮れのタイトル戦で敗れ、27年ぶりの無冠に転落していた▼過去の実績に応じて、永世王将などの称号を名乗ることもできる。しかし、タイトルを失ったら、現状の段位を肩書とすべきと考えた。年下の叡王に上座を譲ったのは、そうした覚悟の表れだろう▼羽生さんに抜かれるまで、最多勝利の記録を持っていたのは、昭和の巨人とも呼ばれた故大山康晴15世名人である。モットーは「忍」。「七転八起」を座右の銘とし、がんとも闘いながら晩年まで勝利を重ねた▼一時はタイトルを独り占めした大山さんも、五冠王から一挙に無冠になったことがある。失意の底に沈んだが、「50歳の新人として再出発を誓った」という▼栄光は続かず、挫折が必ずやってくる。その後、どう心を入れ替えるかが大事ではないか。大山さんと同じような感覚で、「どうぞ」といえる羽生さん。まだ若く、さらに記録を伸ばしそうだ。