作家の舟橋聖一は生前、何かにつけ家族会議を開いた。一人娘の美香子さんが著述で回想している▼ある日の議題は新作の題名をどうするかだった。帳面に書いた腹案を示す舟橋に美香子さんが「すごく良い」と応じると舟橋は「よしきた」。自身が最も気に入っていた作品はこうして「花の生涯」と名付けられた▼舟橋が同作で主人公に据えた江戸幕府大老で彦根藩主の井伊直弼(なおすけ)の書き付け(メモ)が彦根城博物館で確認された。中には勅許を得ないまま締結に踏み切った日米修好通商条約にまつわる記述もあった▼締結の後に朝廷へ送った弁明書に関して「条約についてあれこれ書いたのは朝廷に当てつけがましくて良くなかった」と後悔の念を家臣に吐露している。同博物館は「表向き弱音を吐かなかった直弼の嘆息が伝わる」と思い巡らせる▼舟橋は戦後、本紙で「田之助紅」を連載して好評を得た。同時期の随筆「愛欲愛情と人間像」では、読者は<枯れてゐない、水々しい小説を求めてゐる>と力説した。その小説観は後に「花の生涯」の直弼像にも反映されただろう▼とはいえ人物を活写するのは創作ばかりとは限らない。剛直な印象で語られる直弼も現実は仕事で悩み、ため息した。書き付けは等身大の直弼を現代の私たちに伝えてみずみずしい。