外国人観光客が目立つ世界遺産の京の寺社にキャッシュレス決済の動きが広がっている。QRコードをスマホで読み取れば客の口座から支払われる。売店での記念品が主流だが、お守りや拝観料など信仰と深く関わる部分について京都仏教会が検討している▼キャッシュレス決済比率は韓国96%、中国65%に対し、日本は19%(2016年)。「遅れている」と焦る声もあるが、現金経済が安定している裏返しでもあろう▼今月生誕110年を迎えた太宰治に「貨幣」という短編がある。主人公は女性に擬人化された百円紙幣。「お金の女王」として神棚で崇(あが)められたのもつかの間、質屋の着物、医学生の顕微鏡…と次々交換される▼戦争末期、価値も下落し、社会の底辺の荒廃した世相を映し出す。泥酔した男の一瞬の優しさだろうか、赤子の肌着の中へ押し込まれた紙幣は、いつまでも赤子の背中を温めてやりたいと願う▼金は天下の回りもの。その皺(しわ)には人から人へ受け渡された履歴を刻む。知人に借金を重ね、苦労したからこそ、太宰は1枚の紙幣に人生遍歴を見たのだろう▼神仏にささやかな願いを託し、冠婚葬祭で人間関係を確かめ合うなど、金額で語れない気持ちが込められる。貨幣の形が変わりつつある今、その意味をあらためて見つめ直したい。