「堺の宝が世界の宝になった」。市民らが大喜びするのも無理はない。サカイとセカイは、1字違いで大違い。堺市などの百(も)舌鳥(ず)・古市(ふるいち)古墳群が、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産に登録されることになった▼古墳時代の社会構造や葬送文化を伝える類いまれな物証だ、と評価されただけではない。審議の中で、今も市街地に古墳が残るのは、保存運動のたまものとの声があったというのが、うれしい▼戦中戦後は古墳にとって、まさに受難の時代だった。ガソリンの代わりにと松の根が掘られ、食料不足で開墾される。焼夷(しょうい)弾も落ちてきた。戦後は、住宅を再建するため、土や石が持ち出されたそうだ▼登録される49基のうち「いたすけ古墳」は業者に売却され、周濠(しゅうごう)でダンプカーの入る橋の建設が始まっていた。生活のためとはいえ、破壊は目前に迫る▼市民を巻き込んで保存運動に取り組んだのは、考古学者で同志社大ゆかりの故森浩一さんらである。署名を集め、駅前でビラを配り、国の史跡指定を後押しした▼「考古学は地域に勇気を与える」と、森さんはよく口にした。まちの成り立ちを知り、遺産を誇りに思うことは、地域に勇気と力をもたらすのだろう。今回の登録決定でも、再確認できた。次世代に継承すべき宝の一つである。