地図もコンパスも持たず、伴走船からの指示もなし。頼みは星や太陽の位置、そして体力。台湾から出発した手こぎの丸木舟が、200キロ以上を45時間かけて沖縄県・与那国島へ到着した▼約3万年前、日本人の祖先がどのように海を越えてきたかを再現する国立科学博物館の実験だ。当時の技術をふまえ、舟は石おので杉を切り倒し、中をくりぬいた。男女5人のチームが夜を徹してこぎ続けた▼沖縄の島々にはそのころの遺跡が多く、人口が増えていたことを物語る。海を渡ってきたのが男女を含むある程度の集団だったからではないか-と、同博物館人類史研究グループ長の海部陽介さんは考えた▼それだけの人たちが、どうやって渡来したのか。海部さんらは草や竹で造った舟でも実験したが、速い流れで知られる黒潮を乗り切るには課題を残した。丸木舟は最後の選択肢だった▼3万年前、台湾はアジア大陸と地続きだった。その大陸の人々が困難な冒険をしてまで日本に来た理由は謎のままだ。ただ、日本人と大陸の人たちのルーツが元は同じ集団だったことは記憶にとどめたい▼海部さんは「祖先がやってのけたブレークスルー(突破)の先にわれわれがいるのは事実」と話す。ご先祖らの挑戦の前には、今の近隣国同士のいさかいも小さく見える。