池波正太郎氏の時代小説「鬼平犯科帳」の主人公「鬼平」は、江戸時代に実在した旗本の長谷川宣以(のぶため)。官職は、放火や強盗を取り締まる火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)だ▼宣以は青年時代、わずかだが一時期を京都で過ごした。同じ職にあった父親が明和の大火(1772年)の放火犯逮捕で功績をあげ、京都西町奉行に栄転、家族で京に赴いた▼火付け(放火)は昔も今も重大な犯罪である。明和の大火は、江戸の街を焼き払い、死者1万4千人超、行方不明者4千人以上の大惨事となって、社会不安も招いた。それだけに、放火犯の特定は大手柄だったのだろう▼京都市伏見区のアニメスタジオの火災で30人以上が亡くなり、多くの人が重軽傷を負った。男が液体をまいて、火を放ったとみられている。過去に例のない凄惨な事件である▼スタジオを運営する「京都アニメーション」は、京都や滋賀の風景を採り入れた作品「けいおん!」などを製作。熱心なアニメ愛好家に支持される作品づくりで、国内外にファンを広げている。英国のBBCなど海外メディアも火災を大きく報じた▼男の動機や目的は何だったのか。アニメスタジオをなぜ狙ったのか。捜査の進展を待つほかないが、男は「死ね」と口にして、火を付けたという。正体不明の不気味な悪意に、身震いがする。