「お上がりやす」「あちらへおいでやす」。京都市の下京区役所で職員が丁寧な京言葉を使うようになった-と京都新聞の前身、日出新聞が1889(明治22)年7月に報じている▼この年、市が発足。区役所は戸籍や税務などを扱い、住民が「どんどん上がって用件を言う」身近な機関に変わった。上京区と下京区が京都府の行政区画として誕生したのは、その10年前のことだ▼それから140年。両区では今年、多くの団体が記念行事を催す。節目をきっかけに街を深く知ろうと市民有志が動きだした▼下京区東部では商店主らがグループ「シモヒガ140」をつくり、歴史を学ぶ街歩きや話題のご近所さんを紹介するSNS、フリーペーパー発行を始めた。少子高齢化が進む地域で集える拠点の開設も、空き家活用と併せて構想する▼上京区では「上京オープンウイークス」と銘打ち、若者らが区全域を文化祭会場に見立てた催しを秋に行う。隠れた魅力を見いだし結び付ける街歩きコースづくりも進める▼どちらの主催者も「人と人をつなぐ場の力」が街に大切と感じたという。日出新聞によると、先の記事が出た後、当時の下京区長は「ここは人民の集会所」と職員を諭したそうだ。人の集まる場が、街を動かす。その思いは時代を超えても変わらない。