岩手県のJR釜石駅で三陸鉄道に乗り換えると、夏休み客で満席だ。三つ目の大槌駅で降りる人は、あまりいない▼東日本大震災から8年余、大槌町はすっかり様変わりしたそうだ。出迎えてくれた菊池由貴子さん(44)らの案内で旧町庁舎に向かうと、クローバーが生い茂る空地だった。当時の町長と職員計28人が亡くなった建物は今年1月に解体され、悲劇を物語るものは何もない▼菊池さんは震災後に創刊した大槌新聞で旧庁舎撤去問題を取り上げてきた。撤去強行ではなく、職員が犠牲になった経緯の検証を求める住民グループの動きを伝え続けた▼一方で、早く撤去してくれという遺族も多く、狭い町では自分の考えを口にしにくいという声も、出会った人から聞いた。震災遺構の保存をめぐる対立は他のまちでも起きている。今は結論を出さず、何年後かに選択する自治体もあり、知恵を出し議論する機運も生まれている▼災害公営住宅でお目にかかった佐々木テルさんは、考えがしっかりして、90歳に見えない。散歩の時に「あそこは」「ここは」と震災前の家並みを記憶から呼び起こすそうだ。それが「役場が消えて、目印がなくなってしまった」と嘆く▼記憶や真実へのよすがを消し去って、人は前に進めるのか。旧庁舎跡の空地で考えていた。