かつて日本と朝鮮の外交の席でこんなやりとりがあった。日本側が「貴国の王は庭に何を植えるか」と問うと、朝鮮の役人は「麦」と返した▼日本側は「無風流だ」とあざけったが、国王自ら農耕のことを忘れないのが美徳と考えての返答だった。現在の長浜市出身とされる江戸時代の儒学者、雨森芳洲(あめのもりほうしゅう)が朝鮮外交の心得を説いた「交隣提醒(こうりんていせい)」に書き残している▼国柄が違えば考え方も異なる。含意は<日本側だけの考えで相手のことば、行動を判断してはならない>(上垣外憲一著「雨森芳洲」)にあった▼日本と韓国の関係が国交正常化以降最悪だという。日本が実施した半導体材料などの輸出規制強化に韓国は反発を強める。対立の発端である元徴用工問題も出口が見えない。両国とも自らの主張を繰り返すばかりで、相手の考え方に思いを巡らせる姿勢は乏しい▼芳洲の名が広く知られるきっかけになったのは1990年の盧泰愚(ノテウ)大統領来日だった。大統領は宮中晩さん会で芳洲以来の日韓友好の歴史を紹介した▼芳洲は「交隣提醒」で、互いに欺かず争わず、真実をもって交わる「誠信の交わり」が外交に重要と説いた。両国のもつれた糸を解きほぐして友好を取り戻すのは容易でない。とはいえ、彼の思想を心に留める余裕だけは互いに持ち続けたい。