「聖地巡礼」ではないが、映画の舞台を歩くと一場面が浮かぶ。丹後・伊根町。主人公が降り立つバス停そばのたばこ屋、マドンナの実家の舟屋は今も潮の香りに包まれる▼山田洋次監督「男はつらいよ」の第29作「寅次郎あじさいの恋」(1982年)である。明日は、第1作の公開からちょうど50年▼49作まで続いた寅さんシリーズの観客動員数は、延べ約8千万人に上る。喜劇だが他人を嘲笑しない。むしろ、登場人物のせりふやしぐさに共感できる安らかな笑いだろう。寅さんが起こすもめ事で喜び、悲しみの情が生まれ、家族や地域のつながりを豊かにする▼そんな名作には癒やしと鎮めの効果もあるとか。「あじさいの恋」の観賞前と後、大学生らに心理テストを行った結果、「よい気分」になる度合いが高まった。お盆などの宗教行事に親しみを感じる人ほど強く、周囲の支えに対する感謝の気持ちが、劇の濃密な人間関係を温かく受け入れるという(濱口惠俊・金児曉嗣編著「寅さんと日本人」)▼亡き人や平和に心を寄せた8月。改めて生を考えた人も多かろう▼<あー生まれて来てよかった―そう思うことが何べんかあるだろう。そのために生きてんじゃねえか>。なぜ生きるか。甥(おい)の質問に困惑しながら答える、寅さんの言葉が背中を押す。