「古くなったパンをぼろぼろの粉にして、市販の(パンに塗る)ペーストによく混ぜる。それをパンに塗って食べました」「つまりパンにパンを塗って食べる」-宇治市が主催する紫式部文学賞の今年の受賞作「パンと野いちご」の一節である▼1991年に始まったユーゴスラビア連邦崩壊と10年に及ぶユーゴ内戦を難民となった人たちはどう生きたのか。79年から現地に暮らす詩人の山崎佳代子さん(62)が、食べ物をテーマに聞き取った▼偶然にも帰国中に遭遇した東日本大震災が、日本語での出版のきっかけになった。津波や原発事故で故郷を失った人たちが、内戦の難民と重なったからだ▼食べ物の記憶を手がかりに戦争を語れば、遠い日本の人々の心にも伝わるのではないか。そう考えたという。だから、同書には料理のレシピも収録した▼多民族国家のユーゴ連邦崩壊で民族主義が台頭した。だが、それが内戦に直結したわけではない。メディアの「一つの民族を悪魔呼ばわりする言葉の暴力」が対立をあおった、と山崎さんはみる▼大切なのは「民族の記憶ではなく、家族の記憶、自分自身の記憶」という。食べ物はその象徴だ。日本では今、国や民族を背負って大きな声で語る人が目立つ気がする。そんな今だから、大切にしたい言葉だと思う。