鉄筋コンクリートの洋風建築に和風の屋根を載せる。そんな日本趣味の和洋折衷スタイルが流行したのは1920年代後半から30年代にかけてだ。ところが戦後になると「帝冠様式」と呼ばれ、ファシズム思想の反映として批判的にみる論調が多くなる▼実はリニューアルされた京都市美術館本館もそうした様式の代表格で、銅板の屋根を架け、正面に千鳥破風を設けるなどしている。そこにファシズムのような政治的背景をみる見解は、今は学界でもほぼ払拭(ふっしょく)されたと聞くが、設計者にすれば複雑な思いだっただろう▼日本趣味といっても屋根の勾配は緩く、軒もほとんど出ていない。現代からみれば、洋に和の要素を控えめに溶け込ませ、異質なもの同士が無理なく共存する姿はむしろ魅力的だ▼創建から80年余りを経て大改修の基本設計をした館長の青木淳さんらは、本館が置かれてきた環境や歴史に敬意を払い、最小限の介入にとどめている▼その関わり方が一つ一つ繊細で、保存と再生の方法にハッとさせられることが多い。玄関前の広場をスロープ状に掘り下げて新しい玄関をつくり、正面の姿をそのまま保存したのは一例だ▼人々の心に折り重なる館の記憶を引き継ぎ、新たなページを加える、という青木さんたちの目標は十分に達成されたと思う。