5月25日 強い母親
 「嵐が来るよ」「分かってる」。女性が1人、黒雲へと向かう鮮烈な「ターミネーター」のラスト。SF映画のような不穏漂う今の世の中、暮らし、子どもの未来のために戦うオカン像がまぶしいのです。シュワルツェネッガーに打ち勝つ存在。監督はジェームズ・キャメロン。「エイリアン2」「アビス」「タイタニック」でも強き女性を描いた名匠。第1作は1985年の今日が日本公開「ターミネーターの日」。今週は洋画尽くしです。

5月26日 強い父親
 理想の父親ってこんなだ。西部劇のジョン・ウェインを見つつずっと思っていました(父ちゃんゴメン)。実生活でも子を溺愛したという。不正を許さぬ正義漢。年寄りやご婦人、若者を見つめる優しい目線、シャイなほほ笑み…。役どころと本人の間に境がない、唯一無二のスター“デューク”。遺作でも「私は背後から人を撃ったことはない」と頑固に脚本を書き直させたという誇り高さ。今日は愛すべきガンマンの誕生日。

5月27日 オバケだぞ~
 吸血鬼、ハエ男、ろう人形、テラー博士…。昔テレビで見る怪奇映画はとても怖くて、兄にくっつくか猫を抱いての鑑賞でした。演じたのは、本日が誕生日のクリストファー・リーとヴィンセント・プライス、昨日がピーター・カッシングと、往年の3大怪奇スターがくしくもここに集結しています。子どもは怖がりですが、オバケ大好き。わが子ともぎゅっとし合いたいけれど、今どきの子、ドラキュラくらいで怖がってくれるかな?

5月28日 映画館あやうし
 近年の京都でも新京極の旧弥生座や立誠シネマ…。個性的なミニシアターが消えていく中、京都シネマ、京都みなみ会館、出町座や近日開館予定のアップリンク京都など頼もしき館はなおあります。大手ももちろん、多くの観客が来ないと成立しない映画館という商業施設が危機に。オンライン上映、未来券や会員制度など、つなぐ努力が始まっています。いつの時代も文化の炎は細く消えやすく、再点火は困難。ぜひ応援を。

5月29日 ボブ・ホープと戦後
 戦後しばらくの日本の暮らしにおける最大の娯楽は映画でした。立ち見は当たり前の大活況。そんな1950年に日本人が選んだ俳優10人のうち外国人が3人。ゲーリー・クーパー、イングリッド・バーグマン、そしてこのボブ・ホープです。「珍道中」や「腰抜け」シリーズ、「バッテンボー」の歌、毒舌ギャグなど、戦勝国アメリカの自由度・洗練度の高さを象徴し、見せつけた喜劇役者でした。今日は彼の誕生日。享年100歳。

5月30日 燃える恋
 「どうしろっていうの。仕方がないじゃないの。好きになってしまったんだから」。1944年、監督の前で泣きくずれた新人女優。既婚のハンフリー・ボガートと共演し恋に落ちたローレン・バコールです。「人生最高の時を生きていた」と自伝で述懐する。そんなこと私も言いたい。映画史に咲く、誰もがうらやむベストカップルを生んだ傑作「脱出」の監督は娯楽映画の天才ハワード・ホークス。今日は巨匠の誕生日です。

5月31日 おめでとう、90歳!
 人生100年、長く生きる時代ですが、長くの前には「元気に」「面白く」「真っすぐに」なんて言葉が必要となる。それを体現する存在がクリント・イーストウッド。本日90歳を迎える現役監督・俳優です。政治にも堂々と発言、以前は市長経験も。監督作だけでも40本近く。傑作が多く代表作は何? 1人ずつの答えが違う気がします。同じスタッフと続ける仕事ぶりも魅力で「仲間と楽しく」って言葉も長生きのもとかも。

 

~京都の恋~

 

<文 澤田康彦 絵・題字 小池アミイゴ>

 高校2年生の冬、13歳年上の女性に恋をしました。出会ったのは1974年の冬、日曜日の京都です。当時彼女は30歳くらい。彫りの深い顔立ち、清楚(せいそ)で知的、グラマラスな超美女で、透き通るような瞳に一瞬でハートを射抜かれたのです。約束の2時間、ただ息を飲んで一挙手一投足を見つめるだけ。次の日曜日にもう一度会う約束をした。それからの1週間はわくわくせつなく過ごしました。

 その人の名はジャクリーン・ビセット。出会ったのは新京極の今はなき美松の映画館です。そう彼女は女優、銀幕の中の遠い存在でした。「映画に愛をこめて アメリカの夜」というフランス映画で、ご存じの方は多いはず。フランソワ・トリュフォーが1本の映画を完成させるまでに起こるあらゆる事件を、自身が監督役となって描いた、フェリーニの「8 1/2」と双璧をなす映画内映画の傑作です。

 なんて今でこそ冷静に語れますが、田舎の高校生にはそんな知識は皆無です。けれど生涯最高の集中力を持って映画館にいたように思います。若い頃─ぼくの場合は70年代─映画館で焼き付けた記憶が最も色濃い。最近は先週見た映画の題さえおぼつかないのに。

 日曜日は京都へ…。まず藤井大丸の下のマクドナルドで(おしゃれに)ハンバーガーとマックシェイクを、というのが基本形でした。“ジャッキー”とは翌年、三条のやはり今はなき東宝公楽、「オリエント急行殺人事件」で再会する。地元には、いやぼくの人生にはこんな女性は存在せえへん! なんて当たり前ですね。でもけっこう真面目にがくぜんとしていたのです(ニキビ、長髪の高校生が)。

 ウディ・アレンの「カイロの紫のバラ」では大好きな俳優がスクリーンから抜け出し話しかけてきてくれますが、ジャッキーが実体化することはなかった。ぼくは今も前売り鑑賞券とパンフレット、写真、ポスターを大切に持っていて、それが片思いの遺品です。

 映画ではトリュフォー監督が演出中に彼女の顎に手をかける、あのしぐさに(嫉妬しつつ)憧れました。映画の現場ってすごい。映画ってすごい! 今振り返れば、あのドキドキの日々、胸が痛くなるような京都の恋は、映画というものへの長い恋愛の始まりだったのだと思います。(編集者)

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澤田康彦 さわだ・やすひこ 1957年生まれ。編集者・エッセイスト
小池アミイゴ こいけ・あみいご 1962年生まれ。イラストレーター