堂本印象 木華開耶媛 1929年

<ミュージアムのちから コロナ禍に考える>

 堂本印象美術館の主任学芸員・山田由希代さんは、堂本印象筆の館所蔵作品「木華開耶媛(このはなさくやひめ)」が見たくて来たという来館者を覚えている。遠方から訪れたその人は、午前10時ごろから閉館までその絵の前で過ごした。見ている表情がいかにも楽しそうだった。

 「木華開耶媛」は日本神話が題材で、印象の末妹がモデルだ。下絵段階では目のぱっちりした愛らしい顔だったのが、本画では女神らしく威厳あるものに変化している。その表情、若々しい姿態、画面を覆う桜の花、野に咲くタンポポやつくしなど、隅々まで見どころが多く、色も美しい。

 印象の絵は「空間が濃厚」だと山田さんはいう。細部まで描き込まれ、見飽きない。技術の高さ、画風の広さ、それを支える知識量。印象は大変な読書家で仏典や仏教関係の書物、思想書、西洋の画集などを読み込んでいたと言う。

堂本印象 維摩 1923年

 同じく館所蔵の大作「維摩(ゆいま)」は、維摩居士のもとへ文殊菩薩(ぼさつ)が問答に現れた場面を描く。維摩が相手を見据える表情や肌、ひげ、爪などの生々しい描写は圧巻だ。一方、周囲の僧や菩薩は優しくふんわりと描かれる。西洋の宗教画のように陰影が濃く、文殊菩薩も騎士風の甲冑(かっちゅう)をまとうなど、東西の空気が溶け合って、不思議な世界に誘い込まれる。

 印象の画風は生涯を通じて具象、抽象、抽象と具象の融合とめざましく展開した。他の画家に比べると「華麗に飛躍しすぎている」と山田さんは分析する。外出先から帰宅して、画室に直行する人だったそうだ。表現したいものを豊富に持ち、多様な技法を片っ端から試した。創作意欲が画面からあふれ、そのパワーが見る者を揺さぶる。

 それゆえ、子どもたちにも印象の絵は見てもらいやすいそうだ。抽象画を「何に見える?」と聞いたり、具象画を「こんなに細かく描いてるよ」と示したり。大人にとっても、既成概念を取り払い、透明な心で見るのに印象作品は適している。比類ないうまさ、色の美しさ、形の面白さなどで目を楽しませ、心を解放することができる。

 山田さんは、作品よりも人との関わりを通じて芸術に救われるという。

 展覧会を開くには多くの人の協力が要る。作品の所蔵者、作家の遺族、著作権者、印刷や運送業者。一つの展覧会に向かう過程で新たな親交が生まれ、視野も広がる。そうしてつくった展覧会を多くの人に届ける。

 その循環に助けられると話す。

 

 京都府立堂本印象美術館 堂本印象の作品を収蔵する。山田さんが薦める作品は「善導大師」。金と黒の抽象表現の合間に、淡い赤色で阿弥陀の顔が浮かぶ。療養中の印象が病室で描いた。絶筆。「丘上の女達」は20歳代前半に描かれ、竹久夢二風の女性と、その陰に帽子とステッキだけで表される男性の謎めいた一点だ。臨時休館中。京都市北区平野上柳町。075(463)0007。