西村五雲「油断大敵」 1923年 本能小学校旧蔵

<ミュージアムのちから コロナ禍に考える>

 京都市学校歴史博物館(下京区)の学芸員森光彦さんは着任してすぐ、各校に飾られている作品を調査した。資料片手に探していると、子どもたちが「何してるの」と寄ってきて、絵が飾られている場所を教えてくれたという。感心すると同時に、これが学校に伝わってきた文化財の特徴なのだと感じた。

 個人コレクションのように特定の人だけが内容を知るのではなく、子どもたちや地域の人が作品に関する情報を共有している。描いた人はどこに住んでいたとか、祖父母が通学した時代にも飾られていたとか。

 西村五雲の「油断大敵」は1921年、本能小(中京区)の校舎が火災で焼失した際、2年後に完成した校舎の作法室に飾るため、本能学区に住んでいた五雲に依頼された。五雲は画題に、当時の国語の教科書に掲載されていたイソップ物語「うさぎとかめ」を選んだ。絵が完成した後もたびたび学校を訪れては、画中の草花を描き足していたという。森さんはその逸話を地域の高齢者から聞いた。作品は学校だけでなく、地域全体の宝なのだ。

「組内画家記念揮毫屏風」(右隻) 1918年 竹間小学校旧蔵

 「組内画家記念揮毫屏風(きごうびょうぶ)」は1918年、竹間小(中京区)の創立50年を記念して、竹間学区に住む上村松園や山元春挙ら画家12人が制作した。通常こうした「寄合描(よりあいが)き」は、流派や親交のある者の間で行われ、地域単位はあまり例がない。巨匠たちが小学校のお祝いに快く筆をとったことに地域への愛着を感じさせる。

 2014年、御所南小(中京区)で創立20年を記念した「元9校美術展」があった。同小を構成する九つの元学区の小学校にあった作品から1~2点ずつを選んで展示した。見学した子どもたちは自分が住む元学区の作品を見つけると喜び、「これが一番いい」と言い合った。同じ小学校であっても、子どもたちが自分が所属する元学区を意識していることに森さんは驚いた。感想を尋ねられて「立派な作品が自分の住む地域にあった。誇らしい」と答える子もいたという。

 「近代京都の地域社会は学校を中心にまとまりや誇りを育んできた。その象徴として、目に見える作品の存在は大きい」と森さんは話す。

 

 京都市学校歴史博物館 明治から戦後に至る小学校を中心とした京都市立学校所蔵の資料や出身作家の美術作品を収集。学校を中心とした京都の地域社会史に関する資料も集める。最近収蔵したのは醍醐小に残されていた1884年の学校運営に関する会議録。住民が大きく関わっていることが示され、室町期から続く京都の自治性を表す。京都市下京区御幸町通仏光寺下ル。075(344)1305。