蔦の細道図屏風(右隻) 江戸時代 17世紀

<ミュージアムのちから コロナ禍に考える>

 美術品は数百年前の空気を今に伝える。古文書や日記類に文字で説明された美意識を、1点の美術品が姿で語る。その作品は人の手で守られてこそ後世に伝わる。芸術が人の心を動かすのは、背後にある人の営みや時間の蓄積が体感されるからではないか。相国寺承天閣美術館(京都市上京区)の学芸員本多潤子さんはそう考える。

 相国寺は足利義満の創建以来、戦火に遭いながらも存続してきた。境内に設立された同館は、臨済宗相国寺派寺院伝来の宝物を伝える。相国寺は権力の近くにあったがゆえに、収蔵品も歴史の本流を感じさせる。

拙庵徳光墨蹟(金渡の墨蹟) 宋時代 12世紀

 鹿苑(ろくおん)寺(北区)所蔵の重要文化財「拙庵徳光墨蹟(せったんとっこうぼくせき)(金渡(こがねわたし)の墨蹟)」は平安時代、平重盛の依頼を受けて大陸から日本にもたらされた。その後、足利義満、義政、細川家、徳川家へと所蔵が移り、現在は義満ゆかりの鹿苑寺に戻った。華やかな来歴が付加価値ともなっている。

 重要文化財の中国絵画「鳳凰(ほうおう)図」(林良筆 相国寺蔵)は、伊藤若冲(じゃくちゅう)が模写したことで知られる。軸装にして長さ約250センチという巨大さはいかにも大陸的だ。江戸時代、五山の禅僧は外交官的な役割を果たしており、禅寺には最先端の文物が流入し、外来文化が伝わるきっかけとなった。

 本多さんが好きな作品は「蔦(つた)の細道図屏風(びょうぶ)」(俵屋宗達筆 烏丸光広賛 相国寺蔵 重文)。金地に緑で蔦の葉と盛り上がった地面を描き、伊勢物語にちなむ和歌を散らす。文字は蔦の葉と絡まるように書かれ、金と緑の彩色も華麗だが、視覚的に美しいだけではない。

 和歌は、物語の主人公在原業平の目で詠まれるかと思えば、光広の視点に戻るなど、平安から江戸へ時をまたぐ。物語の場面を描きながら人物がいない「留守模様」は、見る人が物語を知っている前提に基づく表現だ。平安の物語と、それにあこがれる江戸の心。数百年間かけて洗練されていく様子がこの1点に凝縮され、「まさに芸術の魔法」と本多さんは評する。

 「数百年の歴史を作品から感じたり、まだ知られていない価値を発見する瞬間は、どんなにつらいことも小さく思えるほどの感動がある」。それが芸術の力ではないかと本多さんは話す。

 

 相国寺承天閣美術館 次回予定の展覧会「いのりの四季―仏教美術の精華」は、美術品がなぜ寺院にあるのかという疑問を発端に、それらが宗教行事の場を荘厳(しょうごん)するために使われたことを、相国寺の主要年間行事に基づいて伝える。収蔵品の核となる作品が並び、寺と文化財の在り方を考える意欲的な試みだ。現在は臨時休館中。上京区今出川通烏丸東入ル相国寺内。075(241)0423。