幼稚園の移転新築に向けて取り壊されたフレンドピースハウスの跡地(京都市上京区)

幼稚園の移転新築に向けて取り壊されたフレンドピースハウスの跡地(京都市上京区)

 学校法人同志社(京都市上京区)が、創設期の明治時代に建てられた国登録有形文化財「フレンドピースハウス」(同)を解体撤去したことが19日までに分かった。木造洋館の好例と評価されていたが、法人が運営する幼稚園の移転新築計画に伴い取り壊された。同志社大今出川キャンパス(同)では、大正時代のヴォーリズ建築「致遠館」の建て替えも浮上。同キャンパスは京都近代化を象徴する校舎群で名高く、法人も積極的に保存活用していただけに波紋を広げそうだ。

 フレンドピースハウスは、同志社創設期のレンガ校舎造りに関わったD・C・グリーンが設計、1887年ごろ完成した。木造2階建ての瓦ぶきで、洋風のベランダなどを備え、建築面積約250平方メートル。2006年に「洋風意匠を基調とした住宅」の好例として国登録有形文化財になったが、老朽化が著しく16年3月で使用をやめていた。

 同志社は17年10月、老朽化した同志社幼稚園(上京区)をフレンドピースハウス敷地に移転新築することを決めた。一定の広さがあり、緑の多い京都御苑東隣という立地を選定理由に挙げる。当初はフレンドピースハウスの移築を検討、建物を調査したところ、部材の3分の2が傷みで再利用できないことが判明。関連経費が数億円に及ぶとも試算されたため断念し、18年11月末までに解体した。

 同大学の事務棟「致遠館」も全面的に建て替える方針だ。大正期のレンガが耐久性から補強工事に難があり、耐震改修では対応できないと判断したという。

 明治の事実上の東京遷都に伴い、京都御所周辺の公家町や武家屋敷は空き地となる。この跡地に先駆けて建てられた同志社の校舎などの建物群は、京都近代化の象徴とされる。

 同志社は「洋館の移築やレンガ建物の外観保存を目指して詳細に検討したが、技術や資金の面で限界があった。洋館の照明や欄間などの一部は保管し、建物の写真や図面などの詳細を記録として残す。重要文化財など残りの近代建築はこれまで同様に保存活用を続ける」としている。