■「反省とおわび」320万円支給

 

 旧優生保護法(1948~96年)下で障害者らに不妊手術が繰り返された問題を巡り、衆院厚生労働委員会は10日、被害者に「反省とおわび」を示し一時金320万円を支給する救済法案を、委員長提案の形で国会提出すると全会一致で決めた。11日の衆院本会議で可決された後、参院での審議を経て来週にも成立する見通し。

 先だって行われた質疑で根本匠厚労相は「法案が成立した場合は、一時金の着実な支給に全力で取り組む」と述べた。一方、国家賠償請求訴訟の原告らは金額やおわびの主体に反発している。

 法案は、被害者が心身に多大な苦痛を受けたとして「われわれは、それぞれの立場において、真摯(しんし)に反省し、心から深くおわびする」と前文に明記。冨岡勉厚労委員長は10日の委員会で「『われわれ』とは、旧法を制定した国会、執行した政府を特に念頭に置くものだ」と説明した。

 法成立後は速やかに施行され、施行日時点で生存する被害者本人に一時金が支給される。故人や配偶者らは対象外。強制手術だけでなく、本人が同意したとされるケースも対象とする。

「最低保障の制度」被害弁護団が批判

 

 旧優生保護法下の不妊手術問題で、被害者救済に関する法案の衆院提出決定を受けて、全国被害弁護団の新里宏二共同代表が10日、衆院議員会館で記者会見し「被害救済に向けた第一歩だが、最低保障の制度でしかない。国は旧法の違憲性を認めてきちんと謝罪してほしい」と述べた。新里氏は、この日の衆院厚生労働委員会では被害者が発言する機会が設けられていなかったとして、「参院の審議などで参考人という形で声を聞いてくれれば、国会議員が問題をより理解した上で採決に臨めるのではないか」と注文を付けた。

■「真の救済につながらぬ」

 国の謝罪明記なく当事者の思いと乖離

 障害者らに不妊手術を強いた優生保護法(1948~96年)の問題で、国会に提出される被害者への一時金支給法案は、国による謝罪を明記しておらず、当事者や支援団体の要望と乖離(かいり)しているのが実情だ。立命館大生存学研究センター客員研究員の利光恵子さん(65)は「真の救済につながらない。拙速に成立させないでほしい」と改善を求めている。

 立命大・利光さん改善求める

 法案は被害者への反省とおわびを明記しているが、その主体は「われわれ」となっていて「国」ではない。利光さんは「被害者は口々に『国が責任を持って謝ってほしい』と言う。それが被害回復の第一歩だ」と指摘する。障害者らの基本的人権を侵害し、憲法違反と認めることも必要とした。

 一時金の320万円は、国家賠償請求訴訟の原告が求める金額には程遠い。利光さんは「被害者の健康被害や精神的な後遺症に見合わない」と憤る。法案では、一時金の支給対象は優生保護法による不妊手術の被害者などだが、96年の同法改正後も障害を理由にした断種が実在しており、「法改正後の被害や(優生条項に基づく)中絶も含めるべき」と訴える。

 不十分な一時金 被害者への周知もなし

 一時金の受給には請求が必要だが、少数にとどまることを懸念する。「不妊手術を自覚していない人も多い。大半が救済されず絵に描いた餅になってしまう」。利光さんは、手術の記録が残る人には配慮をした上で、本人に通知することを提案。請求期限を5年に区切った点には救済対象を減らす意図を感じるといい、無期限にするよう主張した。

 来月初の国賠訴訟判決 なぜ待てないのか

 5月28日には国賠訴訟の初めての判決が仙台地裁で出る。強制不妊手術の違憲性を認め、賠償額は320万円を上回る可能性がある。利光さんは「(法改正から)20年以上も放置してきて、あと1カ月をなぜ待てないのか」と疑問視する。法案が成立した後でも、判決内容を反映した法改正をするべきと訴えている。

■被害者支え続け、手術記録発見に尽力

優生保護法の強制不妊被害について講演する利光恵子さん。被害当事者を長年、支援してきた(3月31日、京都市中京区・立命館大朱雀キャンパス)

 利光恵子さん(65)=大阪府池田市=は薬局を営むかたわら、不妊手術の被害者を長年支えてきた。「ない」とされた手術記録を、粘り強く国に求めて発見させ、国賠提訴につなげた。

 「親の前で泣けず、トイレでわんわん泣いた」。利光さんは、25年ほど前に大阪であった集会で、放射線照射による不妊化措置を受けさせられた故佐々木千津子さん=広島県=の証言を聞いた。「彼女は20歳でそんな目に遭っていたんだ。私は学生で青春を謳歌(おうか)していたのに」。とつとつとした佐々木さんの語り口に胸が締め付けられた。

 佐々木さんを講師に招いて学習会を開き、酒を酌み交わす仲になった。「死んだら手術のことを誰も思い出してくれない」とつぶやく姿を見て、佐々木さんに密着したドキュメンタリー映画「忘れてほしゅうない」の制作に携わった。

 市民団体「優生手術に対する謝罪を求める会」発足当初から関わり、知的障害を理由に16歳で強制不妊された宮城県の飯塚淳子さん(仮名)とも出会った。自宅まで何度も通い、話を聞き取った。やってもいない窃盗を疑われるなど、世間から差別されてきた半生。その悔しさの頂点に「不妊手術がある」と知った。内容を本にまとめ、当事者の証言を社会に発信した。

 手術記録を探し求める飯塚さんと厚生労働省を訪れ、宮城県に資料を開示させるよう求めた。県は「全くない」と答えたが、利光さんは10年以上前、県に情報公開請求をして「優生手術の台帳はあるが、個人情報で見せられない」と聞いていた。

 「必ずあるはず」。何度も訴え続けた結果、859人分の氏名や住所、手術を行った病院名などを記載した台帳が2017年2月、宮城県で見つかった。飯塚さんの記録はなかったが、同県の別の60代女性が全国初の国賠訴訟を仙台地裁に起こす際、この台帳が被害を裏付けた。さらに北海道の70代男性が、台帳に9歳女児の被害が記録されていたことに怒りを覚え、札幌地裁に国賠訴訟を起こすなど、他の被害者にも影響を与えた。利光さんは「奇跡のようにつながった」と感じる。

 現在、障害者団体などから依頼を受け、各地で講演活動を行い、国や社会が障害者の性と生殖の権利を奪った不条理を訴えている。

 「障害のある人と付き合うと、まず『私と同じやん』と思う。自分が制限されたくない権利は、障害がある人だって制限されちゃいけない」。そんな当たり前の世の中になってほしいと願う。

■旧優生保護法

 ナチス・ドイツの断種法の考えを取り入れた国民優生法が前身で、1948年に議員立法により制定された。「不良な子孫の出生防止」を目的とし、知的障害や精神疾患、遺伝性疾患などを理由に不妊手術を認めた。不妊手術を受けたのは約2万5千人で、うち約1万6500人は強制とされる。96年に障害者差別に当たる条文を削除し母体保護法に改正。これまで札幌、仙台、東京、静岡、大阪、神戸、熊本の7地裁に男女計20人が国家賠償請求訴訟を起こしている。