京都・西陣生まれの民族学者、故梅棹忠夫さんは説いた。何にも知らないことはよいことだ。自分の足で歩き、目で見て、自由に考えを発展させられるからだと▼国立民族学博物館初代館長を務め「知の巨人」と呼ばれたが、デジデリアム・インコグニチ(未知への限りない情熱)というラテン語を愛する「未知の巨人」でもあった▼彼が憧れたのは、京都一中、三高、京都帝国大の先輩で第1次南極越冬隊長の西堀栄三郎さん。その西堀さんは日本人で初めて南極を探検した白瀬矗(のぶ)の記録映画で夢を育んだ。探検の遺伝子はつながる▼西堀さんが創設した三高山岳部で梅棹さんは山にとりつかれ、研究者となって世界中の高峰や砂漠を歩いた。生きて帰ることを使命としたのは、自分に続く者に伝えるためだ▼記憶より記録を重視し、何でもカードにメモし分類した。パリのホテルのトイレットペーパーまでちぎって貼る。知り得た知識は自分のものではない。次に役立てる▼今月で生誕100年となり、先輩探検家2人とともに顕彰される東近江市の「西堀栄三郎記念 探検の殿堂」で、14日まで著作や肖像画を展示している。絵の中の探検家は何か言いたげだ。分からないことが多い新型コロナもみんなで記録しよう。後に続く人に届けるカードとして、と。