世界的なコロナ禍の中、運営を見直すのは当然といえよう。

 来夏に延期された東京五輪・パラリンピックについて、日本政府が簡素化に向けた検討を始めた。

 感染防止のため無観客開催や観客数の絞り込み、選手らへのPCR検査などを対策案としている。

 東京大会は選手・コーチら約1万人が参加、来場者は延べ1千万人とも見込まれる。感染者の集団が発生しやすい環境といえる。

 世界に広がった感染が収束する見通しが立っている訳でもない。関係者や観客の安全を第一に考える観点から、簡素で合理的な運営を目指していくことは重要だ。

 政府は3月に五輪の1年延期を決めた際、「完全な形で実施するため」と理由づけた。簡素化は、その前提を変更することになる。

 これまでの五輪の在り方にとらわれない発想が求められる。商業化が進み、費用がかかりすぎる五輪を見直す機会にもなろう。

 ただ、解決しなければならない課題はあまりに多い。多様な議論を積み重ね、国民も納得できる方向性を示してほしい。

 最優先の課題は、感染防止対策である。見直し案では、検査や医療態勢の再検討のほか、選手村からの外出規制や行動ルール作成などを挙げているが、それだけで十分といえるかどうか。

 無観客や入場制限ともなれば、チケット払い戻しなどの業務が増えるうえ、収入が低下することも考えておかねばならない。

 延期に伴う負担増加問題もくすぶる。追加費用は数千億円に上るとされるが、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長はIOCの拠出を最大860億円とする計画を示した。残りは日本側が背負うことになる可能性が高い。

 コロナ対策で、政府も東京都も膨大な財政支出を迫られている。簡素化を進めても負担が大きすぎれば、開催そのものの妥当性が問われることもありうる。

 世界的な感染が収束しないままなら、「スポーツの祭典どころではない」との声も出てこよう。不参加を決める国や地域が相次ぐ懸念も拭えない。

 バッハ会長は来夏に開催できなければ中止、との見通しを示したと報じられた。簡素化しても実現したい開催国の立場はあろうが、世界の現状をふまえた、幅広い視点での議論を忘れてはならない。

 コロナとの共存が迫られる時代の五輪とは何か、簡素化するだけで済むのか-。改めて、根源的な問題が突きつけられている。