6月1日 衣替え
 6月です。本日は一般的に衣替えの日。平安時代の公家は4月から秋まで、薄衣袷(うすぎぬがさね)、捻(ひね)り襲(がさね)、単襲(ひとえがさね)…とどんどん替えていったようですが、今の私たちの夏装束は10月1日までの4カ月間、冬場より自由です。学生の頃はまず制服の変化で夏のまぶしい到来をドキドキ感じていたもの。さあ新しい月の始まりです。非常事態、異例の春でしたが、これからはどうか平常に戻っていきますように。「長持(ながもち)に春ぞ暮れ行く更衣(ころもがえ)」(井原西鶴)

6月2日 ぐうたら感謝の日
 今日が「ぐうたら感謝の日」だったってご存じですか? 作ったのはのび太君。「ドラえもん・第14巻」のお話です。祝日が1日もない「もっともふゆかいな六月!」ということでドラえもんに頼み6月2日を日本の祝日に。勤労感謝の日の向こうを張ったのび太らしい日ですが、みんなが何もしない社会だとどうなるか…笑わされつつも展開はちょっと怖い、現在のSF的情勢さえ思わせる藤子・F・不二雄先生の傑作です。

6月3日 ありがたき張り板
 滋賀の母によると、夏を迎えてまず思うのが洗い張りとのこと。着物をほどき洗ってのり付け、伸ばして干す作業ですね。張り板と伸子張りは生活上必要で、特に張り板は戦前には近所にない家などない嫁入り道具の定番だったそう。洋服中心の暮らしに移ってからも本来の用途以外に裁縫の台や子どものピンポン台になることも。「今も台風のとき、窓を守る支えになってるんやで」と一生の感謝をささげる様子で話してくれました。

6月4日 お下がり
 息子が寝言で「それじゃ女の子みたいやん」とつぶやきました。服は姉のお下がりが多いからそういう夢なのかな。夏に向かって大量の服を今一度整理する。小さくなった物もあまり処分することなくリサイズしたり繕ったり。うちの親戚間でもらったりあげたりのお下がり一族です。10年前の娘の服を着る親戚のおちびさんの姿はいとおしい。直して永遠に着る。そもそも着物がそういうすてきで実利的な伝統文化なのですよね。

6月5日 芒種に思う
 本日は二十四節気の芒種(ぼうしゅ)。イネ科の穂が種をまく時の意で、私は毎年、麦→ビール→茨木のり子の詩「六月」を連想します。「どこかに美しい村はないか 一日の仕事の終りには一杯の黒麦酒(ビール)」。美しい村や町や人の力を希求する暮らしの詩。今回再読して胸を打たれました。結びはこうです。「同じ時代をともに生きる」「したしさとおかしさと」「怒りが鋭い力となって たちあらわれる」。コロナ禍の今こそ必要な詩だと共振します。

6月6日 コックさん
 6月6日と言えば? 映画「オーメン」の悪魔の子の誕生日…それもそうだけど、ほら「雨ザーザーふってきて♪」。そう絵描き歌の「コックさん」です。棒が1本―から始まるこれ、全国でいろんな絵があることを絵本作家かこさとしさんの「伝承遊び考」で知りました。ちなみに同書、京都のコックは黒目が上向き。誰かが誰かに伝えて今があります。伝承は大切で面白い。あなたの描くコックさん、教えてくれた人はどなたですか?

6月7日 ジューン・ブライド
 6月の花嫁は幸せに。というジューン・ブライド伝説は西洋発。女性と結婚生活の守護神ジュノーの月だからです。かつて私が訪ねた6月のフランスは緑輝き花咲き乱れるかぐわしき、確かに幸福感ある季節でした。そこが日本の水無月(みなづき)(水の月の意)と違うところ。けれど6月は夏への扉。仕事場、学校、出会いも徐々に再開です。「六月は酒を注ぐや香を撒(ま)くや春にまさりて心ときめく」(与謝野晶子「舞ごろも」)。

 

~揚げヒバリ、落ちヒバリ~

 

<文 澤田康彦 絵・題字 小池アミイゴ>

 「ショーマン、ボーシュ、ゲーシ♪」

 娘がノリよく暗唱する、小学生時代に覚えた二十四節気の一部分です。ゲーシと伸ばすのが特徴。漢字も意味も知らぬようですが、小満(しょうまん)、芒種(ぼうしゅ)、夏至(げし)。5月から6月。今です。

 さて。外出自粛が解け、一番に訪ねたのは東近江の母の家。同行は小2の息子。3人でひとしきり元気を確認し合い、母の手製、裏庭のフキの炊いたんをいただいた後、息子とサッカーボールを蹴り蹴り近くの原っぱへ。緑が生い茂っています。と、息子が空を指さし、「お父さん、あの子やかましいねえ」。

 仰げば頭上高く1羽の鳥が。「ヒバリだよ」。鳥の知識のあまりないぼくですが、それくらいは分かる。「雲の雀って書く。ああいうの、揚げヒバリって言うねんで」「から揚げみたい」「そのうち急に落ちてくるぞ」。

 よく晴れた青空の動く一点をじっと見つめる父子。ピーチクパーチクというよりピョリピョリピョリ。いや本当にやかましい。大慌ての羽ばたきは飛ぶというより必死で浮いてる感じ。約2分後、力尽きたのか動きが止まって、すとーん。「ほんとだ!」「な」。なぜか得意気な父の「あれが落ちヒバリ」なる講釈には耳を貸さず、少年は落下先めがけて駆ける。「あ!」。草むらにはもう1羽のヒバリがいます。カップルでした。空高くに見ると小さい鳥が、目の前では意外な大きさです。

 小満は万物の成長が満ちる時。芒種は麦を刈り、稲を植える時。ヒバリも恋が実った。

 「そして夏から後(のち)その鳥は どこにゐるのだらうねと 少年と一緒にいろいろ雲雀(ひばり)のことを 話してみたく思ふ」(伊東静雄「雲雀」)。

 この春は学校にも仕事にも行けませんでしたが、なんだか新しい家族の関係性が見いだされ、いつもとは違う質の学びがあった気がします。ご飯を作る、手伝う、食べる、遊ぶ、勉強する、寝る。農作物や魚介、肉のありがたさ。そして病院や学校、お店、各施設の重要性よ。さらには政治家の仕事って何だ? なんて考えたり(選挙、絶対に行かなあかん)…。忘れていた暮らしの原点をたくさん思い出し、本当に勉強になりました。今まで経験したことのないこの6月、価値観が変わり新秩序が始まる月かもしれません。

 もうじき、ゲーシ♪

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澤田康彦 さわだ・やすひこ 1957年生まれ。編集者・エッセイスト
小池アミイゴ こいけ・あみいご 1962年生まれ。イラストレーター