コロナの影響がはっきり現れ始めた3月から日記をつけ始めた。目の前で劇的に変わっていく日常を記録しておこうと考えたからだ。書いておかないと忘れてしまうというのもある▼日記文学というジャンルがある。「紫式部日記」や「断腸亭日乗」(永井荷風)など傑作が多い。書かれた時代の暮らしぶりや世相を、後世の人間が知る資料としても役に立つ▼非常時下の京都を書いたものでは、国語学者の故寿岳章子さんの「過ぎたれど去らぬ日々」がある。京都府立第一高等女学校に通った1936年から41年を記した▼弾よけの願いを込め兵士に送る千人針を学校でさせられ、「そのまごころを、戦争を防止する方面に使ったらよいのに」と記す。平和を願い、護憲活動にも力を尽くした人の思想が、どう形成されたかがうかがえる▼5月某日のわが日記。緊急事態宣言などの行間に「末息子(小学生)が今日は飛行機雲がないとつぶやく」と書いてある。コロナで航空便が少ないと教えると「それで空が青いのか。絵の具も白を混ぜると水色になるもんなあ」と―▼見逃していること、忘れたくないことはたくさんある。検察官の定年延長騒動や米大統領によるデモの排除…。書くことには事欠かない。お勧めはペンで紙に書くこと。手を使うと落ち着く。