性的少数者への差別・偏見をなくす動きに水を差す判決と言わざるを得ず、見過ごすわけにはいかない。

 同性パートナーを殺害された男性が、犯罪被害者給付金を支給しないとする裁定の取り消しを求めた裁判で、先週、名古屋地裁は訴えを退けた。

 被害者給付金制度は、支給される遺族の第1位に配偶者を挙げ、かっこの中で「事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含む」としている。

 男性は同性パートナーと約20年間同居しており、支給されると思うのが普通だろう。「同性のパートナーを失うつらさは、異性と同じ」といい、こうした悲しみを和らげるのも給付金制度の目的だ。

 しかし、判決は「同性同士は事実婚と認められない」と断じた。支給対象となるには、「同性間の共同生活が婚姻と同視できるとの社会通念が形成されていることが必要」だが、いまだ形成されていないというが理由だ。

 裁判所の判断であっても、大いに疑問だ。これでは社会通念として残っている性的少数者への差別・偏見を、結果的に容認し放置するに等しいではないか。

 社会の差別構造の中で抑圧された少数者が、裁判に訴え出るのは、人権に依拠した救済を求めるからだろう。弁護団が「人権のとりでである裁判所はなぜあるのか」と鋭く問うのは当然だ。

 この判決が及ぼす影響にも懸念を覚える。年金や労災保険の遺族規定などにも被害者給付制度と同様の文言は見られ、性的少数者が不平等に扱われかねない。

 一方、世界を見れば性的少数者への差別・偏見をなくす潮流が急速に大きくなっている。2015年には米連邦最高裁が同性婚を認め、多くの先進国では同性カップルを法的に保護している。

 後れをとる日本だが、ここ数年で性的少数者のカップルを公的パートナーとして認証する自治体が約50に増えた。京都市も9月から「パートナーシップ制度」を設ける予定だ。

 パートナー認定で、アパートの入居や病院の面接、福利厚生の適用などがスムーズになることが期待されている。しかし国の法律はなく、課題は多い。

 国立社会保障・人口問題研究所による既婚女性調査では、同性婚を法律で認めるべきが7割に上った。新しい流れを止めてはなるまい。

 判決を不服とする原告は、控訴して裁判を続ける方針だ。これからの審理に注目する必要がある。