京都大付属図書館が所蔵するアマビエの図=同図書館提供

京都大付属図書館が所蔵するアマビエの図=同図書館提供

明治期に描かれたとみられる「尼彦(アマビコ)」の図=湯本豪一記念日本妖怪博物館(三次もののけミュージアム)蔵

明治期に描かれたとみられる「尼彦(アマビコ)」の図=湯本豪一記念日本妖怪博物館(三次もののけミュージアム)蔵

「社会不安が広がると、アマビエなどの『予言獣』が流行する」と分析する小松さん=京都市西京区・国際日本文化研究センター

「社会不安が広がると、アマビエなどの『予言獣』が流行する」と分析する小松さん=京都市西京区・国際日本文化研究センター

 新型コロナウイルスの感染拡大で、疫病よけとされる妖怪「アマビエ」が、一気に知名度を上げた。和菓子のモデルになったり、護符(お守り)に描かれたりと、コロナ収束を願う商品が街中にあふれる。アマビエの人気はなぜ広がったのか。妖怪研究の第一人者で国際日本文化研究センター(京都市西京区)名誉教授の小松和彦さん(72)に聞いた。

 アマビエが出てくる資料は、京都大付属図書館所蔵の江戸時代の瓦版の1例しかない。瓦版の内容では、弘化3(1846)年、肥後国(熊本県)の海から毎晩、光り物が出る。役人が行ってみると海中から姿を現し、「私は海中に住むアマビエという者だ。今年から6年間、諸国は豊作になる。ただし、病がはやる。すぐにでも私の姿を写して人々に見せなさい」と、告げたという。

 同様に海から現れ、ほぼ同じことを告げた妖怪に「アマビコ」がいる。こちらの方が記録は多く、研究者の間では、アマビエはアマビコがなまったものと考えられている。そんな中、記録の少ないアマビエがはやったのは、外見が理由だろう。

 アマビコの絵の一つを例に取ると、同じ3本足でも魚のようなアマビエに対し、アマビコはサルのような顔で毛むくじゃら。ほとんど体はなく、顔から足が生えているように見える。どう見ても、アマビエの方がかわいらしい。

 予言の内容の微妙な違いもポイントだ。アマビコが「私の姿を描き写せば無病長寿になる」と具体的に告げたのに対し、アマビエは「描き写して見せなさい」と言っただけ。描き写した「結果」は告げず、悪い妖怪か良い妖怪かはっきりしない。まさに、人々の不安の象徴で、かつ、かわいいと。だから、人々が思いを託せているのではないか。

 アマビエやアマビコは「予言獣」と呼ばれる。牛の体に人の顔を持ち、その年の豊作を告げたという「件(くだん)」などもいる。予言獣は江戸末期にもブームがあった。外国船の来港や地震、飢饉(ききん)が相次ぎ、コレラも流行した。対処しようのない伝染病などに対する不安は、現代の新型コロナでも大差ない。

 そんな時、「豊年になると告げた」「絵を描いて貼れば病気にならない」という生き物がいたといううわさが、瓦版という絵入りのメディアで一気に広がった。予言獣の流行は社会不安と関係している。

 今はいろんな人がアマビエを描き、SNS(会員制交流サイト)に投稿するのがはやっている。自粛生活で閉塞感を覚える中、不安な気持ちを絵にするだけで気が楽になる。妖怪画というのはそういうもの。アマビエは資料や研究が少ないからこそ、想像を膨らませやすいのではないか。