虎卣 商後期 紀元前11世紀

<ミュージアムのちから コロナ禍に考える>

 泉屋博古館(京都市左京区)には4月の緊急事態宣言発令後も開館しているかと問い合わせがあった。学芸課長の実方葉子さんが「永遠の隠れ家美術館」と呼ぶように、東山の麓の幽閑なたたずまいは別天地の趣がある。コロナ禍で世間が騒然とする中、「まだ平穏な日常があるのでは」と思うファンがいたとしても不思議ではない。

 館蔵品も悠久の歴史を感じさせる。青銅器「虎卣(ゆう)」(紀元前11世紀)は、トラが人を抱えた姿だ。人を食うのか、守っているのか。デザインも技術も興味深い。文様の精密さ、わずか2~3ミリという薄さ。作り方は解明されていない。消えてしまった高い技術が存在したとしか解釈しようがなく「新しいものほど技術が高いという常識を覆す1点」(廣川守館長)だ。

重要文化財「安晩帖」のうち「叭々鳥図(ははちょうず)」 八大山人 清・康煕33(1694)年
重要文化財「安晩帖」のうち「鱖魚図(けつぎょず)」 八大山人 清・康煕33(1694)年

 中国清(しん)代の絵画「安晩帖(あんばんじょう)」(八大山人 康煕(こうき)33/1694年 重要文化財)も逸品だ。鳥や魚、植物の生き生きとした表現は見る者をほっとさせるが、描いた八大山人は明(みん)の王族出身で清朝に命を脅かされ、妻子も殺され、過酷な運命の中で禅と書画をよりどころに生きた。

 実方さんは「常識にとらわれず、軽やかで深い。波乱の人生があってこそ行き着いた境地だろうか」と分析する。司馬遼太郎や白洲正子など、その魅力にとらわれた人は多い。

 全22画面だが1画面ずつしか展示できない形状のため、「全頁(ページ)公開」という企画を行ったことがある。めくり替えは1~2日ごとの頻度だったにも関わらず、ほぼ毎日通って全画面を見尽くした人もいたという。

 「美術館はシェルターであり、宇宙船」と実方さんは例える。来館者が全てを忘れて時を過ごせる空間であり、芸術家の作った宇宙を旅する乗り物。「仮に新型コロナウイルスの感染収束に数年かかったとしても、作品が表す世界はそれよりはるかに大きい」

 美術館が次々休館する中、泉屋博古館は緊急事態宣言直前まで開館を続けた。学芸課主任の坂井さおりさんは不安な思いを抱きながらも、いつもと変わらず絵に見入る来館者の姿や「開けていてくれてありがとう」との言葉に救われたと話す。

 「人間の精神を支えるのが芸術・文化の役割。状況が許せば可能な限り提供していきたい」と廣川館長は力を込める。

 

 泉屋博古館 青銅器、茶道具、書画など住友家旧蔵品が収蔵の核。青銅器コレクションの愛好家も多く、料理研究家土井善晴さんが来館し、紀元前の器を見つめていたこともある。管理課の尾関薫さんは、来館した男性が動物形の青銅器に「お前、よく見たらかわいいな。目は赤い石が入っているのか、美しいな」などと話し掛けるのを聞き、感動が言葉になる瞬間を感じたという。京都市左京区鹿ケ谷下宮ノ前町。075(771)6411。