造営当時の平安京南辺、九条大路と京の外壁「羅城」の跡が初めて見つかった。1200年前の都市を現地説明会で目の当たりにし、感慨を禁じえなかった▼驚いたのは施工の丁寧さだ。路面は粒のそろった小石を並べ、表面が平らになるよう土中にたたき込み、側溝の肩口にも細かく貼り付けた。新しい都造りへの意気込みが伝わる▼初期平安京の道は広い。今回見つかった大路は幅約30メートルだが、当時は小路でも12メートル、メインストリートの朱雀大路は今の鴨川河川敷に匹敵する84メートルだった。王権を誇示するためだが生活には不向きで、やがて耕地や宅地が造られ縮小する▼羅城は中国では異民族の侵入に備え都を囲んだ。平安京では都の南面だけだったとされ、ほとんどなかったとの説もあったが、京の表玄関・羅城門から西へ630メートル以上は設けられたとわかった▼この都大路を行き交ったのはどんな人たちだったのか。人口約12万と推定され、国内随一の大都市だった京。貴族だけでなく女官や下級官人、商人や旅芸人の姿もあったろう▼現在、平安時代の遺構が直接見られる場所はほとんどないが、道の多くは現在の道と重なっている。私たちの足の下にさまざまな時代の人々の生きた証しが眠り、今の京の礎になっていることに改めて思いを巡らせたい。