週1回の教室で体操を指導する枡本さん(宮津市浜町・市民体育館)

週1回の教室で体操を指導する枡本さん(宮津市浜町・市民体育館)

 「京の五条の橋の上、大のおとこの弁慶は…」。京都府宮津市民体育館に、男性の口ずさむ童謡が響く。リズムに乗せ、ストレッチを楽しむ女性たちの輪。その中心で、枡本清さん=同市由良=が、体のほぐし方を実演する。98歳にして現役の体操指導者だ。

 市民の有志が開く体操教室で、週に1回、全身を使った運動方法を教えている。教室に20年以上通う小倉千代子さん(82)=同市宮村=は「自宅から毎週足を運び、一つ一つの体操を解説するなど私たちのために熱心にやってくれているのが伝わる。枡本さんの年まで元気に生きなあかんなって、みんな言っています」と話す。

 転倒や失禁予防のための体操など、高齢者の視点に立ったメニューや指導方法が評判を呼び、依頼を受けて丹後地域の福祉施設に出向くこともある。それぞれの体力や年齢に応じた体操を手ほどきし、年を重ねても体を動かすことの大切さを知ってもらうことをモットーとしている。「『ありがとう』『また来てくださいな』との一言が、原動力になってます」とほほ笑む。

 きっかけは、妻の病だった。自らは舞鶴の海上自衛隊を退職し、妻は理髪店を経営。4人の子どもも成人し、穏やかだった日々が、突如、暗転したのは35年前。脳梗塞だった。前兆はあった。手のしびれから、食事中に茶わんを落とすなどの症状が出ていた。しかし、いつもそばにいる妻の健康状態が分からなかった自分を責めた。「もっと早く気付いてやれていたら…」

 幸いにも一命は取り留めたが、顔や手足などがしびれる症状が残った。退院後は2人で懸命なリハビリが続いた。近所を散歩したり、無理のない程度の運動をしたりした。中でも、海自時代の経験から考案したストレッチ体操は、妻も喜んで取り組んでいた。1年近くたつと、店の営業も再開できるほど体調は回復していった。

 妻は21年前、79歳でこの世を去った。大きな喪失感にさいなまれたが、得たものもあった。病院への送迎や転院などでいつも手助けをしてくれていた地域の人や友人への感謝の思いだ。「支えてくれた皆さんに何か恩返しがしたい」。妻の笑顔が重なるストレッチ体操を活用しようと思った。

 これまでの人生を振り返ると、さまざまな出来事が目の前を通り過ぎていった。太平洋戦争では、任務を終えて日本への帰国途中、敵の潜水艦の魚雷攻撃を受け目の前の空母が沈没。大勢の命が一瞬で奪われた。昨年6月には息子にも先立たれた。

 改めて思うことは、生きていることの尊さ。命ある今があるからこそ、その先に幸せや喜びが待っている。「皆さんが健康に人生を全うできるように」。毎日の体操を生きがいに、今日も健康づくりの先頭に立つ。