これでは迅速な解決を図るとした和解仲介の意味がない。

 東京電力福島第1原発事故の損害賠償を求め、福島県の住民が集団で申し立てた裁判外紛争解決手続き(ADR)が、東電側の拒否で相次いで打ち切られている。

 ADRで示された和解案が、国の指針を超えているというのが東電側の拒否理由だ。しかし、東電は事業計画の中で「和解仲介案の尊重」を掲げていたはずだ。東電の姿勢が問われよう。

 弁護団によると、福島市や浪江町の住民が申し出た8件のADRで、国の原子力損害賠償紛争解決センターが示した和解案の全てを、東電が拒否。うち5件が昨年4月以降に集中している。

 浪江町では町自体が代理人となり、住民の約7割に当たる約1万5千人が申し立て、センターは国の指針に基づいた慰謝料に1人当たり月5万円を上乗せ、75歳以上はさらに3万円上乗せする和解案を提示し、町は受け入れた。

 しかし、東電は「他の避難者との間で公平性を欠く」と拒否した。当時の馬場有町長(故人)は「避難者に寄り添うどころか、突き放しているとしか思えない」と住民の気持ちを代弁している。

 和解案を拒否された住民は、集団訴訟を起こしている。それでは時間も費用もかかってしまう。ADRの意義が揺らいでいる。

 東電は、指針を上回る和解案を受け入れれば、ほかでも増額が求められることを恐れているようだ。しかし、そもそも国指針による金額では不服が出ることを想定し、ADRで迅速に対応することになった経緯を忘れていないか。

 相次ぐ和解案拒否で、住民側から強制力を求める声が上がっている。和解案を受け入れる法的義務がないのだ。

 六つの弁護団が先週、国の原子力損害賠償紛争審査会に、指針を見直すよう申し入れた。現行の指針は、記載が抽象的で東電に都合の良い解釈の余地を与えている、と弁護団は指摘する。当事者による自主的解決という趣旨が、東電のかたくなな態度を招いているとも批判し、東電の拒否対応を改めるよう強い指導を求めている。

 福島原発事故から間もなく8年となる。東電は発生直後、住民に深々と頭を下げて謝罪したが、その姿勢は薄れていないか。住民側は和解案の拒否を「被害の切り捨て」と受け止めている。

 住民は高齢化し、被災の影響は今も続いている。指針だけでなく救済制度を見直す必要がある。