故・向田邦子さんの随筆「食らわんか」に出てくる豚鍋は、「安くて簡単である」と文中でおっしゃっているほどで、薄給の社会人1年目の肌寒い秋に、見よう見まねで作って以来重宝しているレシピです。

 向田さん流の作り方をかいつまんで説明すると、透かして新聞が読めるくらい薄く切った豚肉にホウレン草を1把。まず鍋に湯を沸かし、湯の量の3割ほどの酒を入れ、皮をむいたニンニクをひとかけと、その倍量の皮をむいたショウガを、丸のままほうりこむ。そこへ豚肉を1枚ずつ入れ、レモンじょうゆで食べるというもの。鍋に注ぐ日本酒は辛口、できたら特級酒のほうがおいしいらしく、いつか出世したらと想(おも)い続けて今日まで。

 今夜は大根1本で作れる豚鍋を作ってみました。湯気で曇る滑稽なメガネ姿に部屋着はあの時のままやなあ、なんてブツブツ言いながら、ぬる燗(かん)片手に秋の夜長を楽しむことにします。

小平泰子

こひら・やすこ 1977年京都市生まれ。旬の食材を使い、和食にとらわれず、食材の組み合わせの面白さを提案したレシピを考案。中京区烏丸三条と東京・日本橋で料理教室を開く。近著に「季節の野菜と果物でかんたんおつまみ」がある。インスタグラムはyasukokohiragokan