通常国会がきのう、閉会した。

 新型コロナウイルス対応など課題が山積するとして、会期延長を求める声もある中での閉幕だ。

 自民党の岸田文雄政調会長は、政府が国会よりもコロナ対策に力を集約できる-と、閉会を妥当とするかのような発言をした。

 国会の存在意義を自ら否定するような言い方だ。コロナ対応も十分でない状況で国会審議をやめていいのか、逆に問いたい。

 今国会の会期中、安倍晋三政権はコロナ対応のほか検察庁法改正案などを巡っても批判を浴びた。

 政権としては早く国会を閉じ、批判される場をなくしてしまおうということなのだろう。国民に対して責任ある姿勢とはいえない。

 野党は、会期を12月末まで大幅延長し、事実上の「通年国会」とするよう申し入れたが、与党は応じなかった。結局、7月末まで週1回、衆院で閉会中審査を開くことで折り合った。

 週1回でどれだけ議論を深められるかは疑問だ。必要に応じて積極的に開くようにするべきだ。

 コロナ禍で、政府は「世界一の対策」(安倍首相)とする巨額の補正予算を組んだ。企業の資金繰り支援や事業主への家賃補助などの施策が盛り込まれている。

 しかし、国民1人10万円の特別定額給付金はまだ多くの人の手元に届いておらず、中小企業向けの持続化給付金を申請したのに支給されていない事例も少なくない。

 予算を成立させて終わり、というわけにはいかない。支給がどこで目詰まりしているのか、その実態を検証することが必要だ。

 経済活動は徐々に再開しているが、国民生活への影響が顕在化するのはこれからだ。現在までの対策が十分かどうか、点検や見直しも欠かせない。国会の役割はますます重要になるのではないか。

 政府は、国会審議が不要な予備費を補正予算に10兆円も計上したが、その使い道についての吟味も必要だ。国会が閉じていては、監視の議論もままならない。

 安倍首相はコロナ禍を「国難」とまで言っている。それなら、国会を常時開いておく異例の対応もありうるのではないか。

 地上イージス配備計画停止という新たな問題も浮上した。首相を巡る「桜を見る会」などの疑惑もくすぶっている。

 東京五輪の延期で、政治日程には余裕が生じているはずだ。国民生活に必要な議論をせずに済ませる理由はない。「言論の府」の役割を自ら放棄してどうするのか。