沖縄戦について写真とともに解説する岩崎さん(2019年11月、京都市左京区・京都大)

沖縄戦について写真とともに解説する岩崎さん(2019年11月、京都市左京区・京都大)

 沖縄で日本軍の組織的戦闘が終結してから75年の節目を23日に迎えた。京都や滋賀からも多くの兵が動員された沖縄戦を語り継ごうと、現地で兄を亡くした京都市在住の80代の男性が、沖縄戦の写真解説ボランティアを続けている。「沖縄慰霊の日」を前に、男性は「元気なうちは戦争があったことをしっかり伝えていきたい」とこれからも語り続けることを誓う。

滋賀県神崎郡山上村(現東近江市)出身の岩崎三之利さん(86)=右京区=の長兄・治三郎さんは福知山で訓練後、1943年に中国へ出征した。京滋の兵が多かった石部隊に属し、山西省で実戦を経て沖縄県の守備へ。米軍の猛攻にさらされた浦添市伊祖で45年4月20日、23歳の若さで亡くなった。
 岩崎さんは軍歌を歌って7人の出征者と共に兄を送り出し、村はずれまで見送った。「妻や子どもがいる人もいて戦死者の残された家族が気の毒だった。兄はまだ独身でよかったのかもしれない」と思い返す。
 岩崎さんはカメラが趣味で沖縄へ出向き、兄の足取りをたどって写真を撮った。兄が戦没した伊祖高地や弔われた「浦和の塔」、「平和の礎(いしじ)」など各地を回った。戦時中の沖縄の写真も集め、兄の肖像や戦歴とともに滋賀県平和祈念館(東近江市)や京都大で開かれた「原爆と戦争展」などで解説を重ねた。老人福祉施設なども回り、呼ばれればどこででも話す。
 沖縄には「戦争で本土の犠牲となり、今も多くの米軍基地を抱えている」と思う。若い世代にも沖縄戦を知ってもらいたいが、高齢の参加者が多いといい、「時代が変わり、仕方ないとは思うが、兄のようにしたいこともできず、食べたいものも食べられずに沖縄で死んでいった人たちの口惜しい気持ちを少しでも伝えたい」と話す。