6月16日 荻原井泉水
 教科書で知った「こんなに持ってきてくださってころがるみかん」。575ではない俳句に笑って驚いた。作者は荻原井泉水。門下に種田山頭火、尾崎放哉を擁し、今の又吉直樹にまでつながる自由律俳句の開拓者。ルール無用、心の律動を優先する詩句には喜びや痛み、人の暮らしのありようがくっきり浮かび上がります。東福寺天得院にも住んだ。本日生誕。今週は若者文化に大きな影響を落とした偉人の誕生日が続きます。

6月17日 原節子
 「夫は食卓の前に座っている。私はみそ汁の鍋を運ぶ。1年365日同じような朝がある」。成瀬巳喜男監督の映画「めし」の冒頭、原節子の厳しく、しみる独白です。小津安二郎、黒澤明…。巨匠たちの映画で、耐え忍び、泣き、時に明るく笑う、娘や妻や母。伝統とモダンを併せ持ち、清潔で意志の強い、洋服の似合う戦後の日本女性像、新しい暮らしのさまを見せてくれた伝説の女優です。ご存命なら本日が100歳でした。

6月18日 ポール・マッカートニー
 当欄にこんなビッグネームを? とためらいましたが、やはり触れたいポール・マッカートニー。ビートルズからウイングスを経て現在までの数十年、滋賀で東京で京都でどれだけLPやCDを買って聴いて私の暮らしの中心部にいたことでしょう。今は子どもとも聴く愛の歌たち。「ラブ・ソングは永遠なんだ。だれも恋をしていない時代が来ることは、絶対にない」とポール。なお現役で歌ってくれる奇跡に感謝。祝78歳!

6月19日 太宰治
 「子供より親が大事、と思いたい」(太宰治「桜桃」)。親となって、旬のサクランボが、その1粒の味以上に酸っぱく甘く苦く感じられてしまうのは彼のせいです。「走れメロス」に心を打たれ、読み進めた先に待っていたのが「斜陽」や「人間失格」。伸び盛りの青年を酔わせ惑わす恐ろしき作家。心地よい文体も、逆接的で退廃的な思考も生涯体にまとわりつく。生まれた日と遺体が発見されたのは同じ日。本日、桜桃忌です。

6月20日 ブライアン・ウィルソン
 「彼女はダディのサンダーバードでハンバーガースタンドへ」とか「みんなカリフォルニア娘だったらいいのにな」なんて、今聴いてもみずみずしいご機嫌ソングを届けてくれたザ・ビーチ・ボーイズ。サーフィン、オープンカー、ビキニ…。1960年代日本ヤングの心にUSA西海岸なる魅惑をたたき込んだ“海辺男子”の中心人物がブライアン・ウィルソン。ビートルズにも影響を与えたという天才音楽家の78歳の誕生日です。

6月21日 フランソワーズ・サガン
 避暑地コートダジュール。甘いオレンジに熱いブラックコーヒー。友達同士のような父と娘。小説「悲しみよこんにちは」(1954年)は戦後の若者を動揺させました。17歳のセシルが放つブルジョアジーやエスプリなるもの。米国とはまた違う暮らし、文化。憧れの一つ一つを後追いし現出していったような日本のプチブル的大衆文化史は良くも悪くも確実にある。今日はフランソワーズ・サガンの誕生日。夏至です。

 

~揺れて揺られて~

 

<文 澤田康彦 絵・題字 小池アミイゴ>

 つい先日、梅雨入りの豪雨の中、東京から西へ中央自動車道をひた走っておりました。車内はダンボール40箱。カーブごとにきしみます。自分が担いでいるわけではないのに重いことはよくわかる。車には申し訳ないな。しかも緑の景色を求め、東名高速道路ではなく中央道を選んでしまった。雨天ってことを忘れてた。坂も多いし、重ねて申し訳ない。八ケ岳はおろか諏訪湖さえ見えません。

 この日はBGMに歌謡曲約千曲をシャッフル再生、何がかかるかはわからぬ設定に。たまに八代亜紀の「雨の慕情」なんて演歌が流れると長距離トラックの運転手になった気分で(ミニバンだけど)、鼻歌の一つも出るというものです。「雨々ふれふれもっとふれ♪」…いやあかんで! 降りすぎ。視界ゼロ。前の本物のトラックが思いっきり水煙を浴びせてきて、いよいよ緊張します。

 新宿から京都へ。「単身赴任の東京から戻る」なんて以前書いたものの、実はコロナ禍で撤収も自粛していたのです。今回家具や調度品等々は業者にお願いしましたが、大事な本やCD、映画のDVDは自分で運ぶことに。まあいつものやり方です。つまり背後で揺れているのはそれらの品々というわけ。

 18歳の時に東京に出たのが最初で、それから十数回引っ越ししています。そのつど増え、付いてきた一群です。本なら児童書「飛ぶ教室」「カイウスはばかだ」あたりが最古参かな。太宰治、アガサ・クリスティやヴァン・ダインは中学生の時に買ったもの。「日本の詩歌」全31巻が、「立原道造全集」全6巻が、「アメリカの夜」のシナリオ本が、車に揺れる。ポール・マッカートニーやビーチ・ボーイズのCDが揺れる。ヒッチコックやトリュフォー、成瀬や小津のDVDが揺れる。全てこれまでの人生で出合ってこちらのハートを揺さぶってきたものたちです。要するにこの車内にいるのがぼくの「旅の仲間」なのだなあと、豪雨に囲まれ、はっと気づく。互いに揺れて揺られて、この先はどこへ?(京都や)

 本当の憧れ、夢は、ものを持たぬハックルベリー・フィンやシェーン、椿三十郎のような生き方だったんだけれど、どうやらぼくには無理みたい。なんたってダンボール40箱ですものね。欲張りやな。

 ◇

澤田康彦 さわだ・やすひこ 1957年生まれ。編集者・エッセイスト
小池アミイゴ こいけ・あみいご 1962年生まれ。イラストレーター