「七番」と書かれた100年前の電話番号札(宇治田原町郷之口・内田三春園)

「七番」と書かれた100年前の電話番号札(宇治田原町郷之口・内田三春園)

100年前の開通時から使われていた電話番号札を持つ内田さん(宇治田原町郷之口・内田三春園)

100年前の開通時から使われていた電話番号札を持つ内田さん(宇治田原町郷之口・内田三春園)

 京都府宇治田原町に初めて電話が開通してから、26日で100年になる。節目の日を前に24日、地元の歴史家らが電話を開通させた家を訪ね、歴史に思いをはせた。

 府内は1896年に初めて電話交換局が開設。現在の宇治田原町域では23年後の1919年1月26日に、当時の宇治田原村、田原村の各役場や茶商など20軒が電話に加入した。「宇治田原の歴史を語る会」の茨木輝樹代表が地域紙などで当時の加入者を確認し、現在も電話を使う同町郷之口の茶卸業「内田三春園」を訪ねた。

 同園の代表内田文夫さん(71)は「小学生の時は近所の人宛てにかかってきた電話を走って取り次いでいた」と振り返る。開通当時から表札と共に電話番号を書いた「七番」という札も掛けていたといい、「公衆電話のような存在だったのではないか」という。

 NTT西日本の反橋雅浩広報担当課長も同席し、電話番号札を確認し、「開通した当時のデータが残っているのは貴重なケースだ」と話した。