旧二条城の堀跡。室町通を突き抜ける形で築かれ、防御施設「出隅」を囲った可能性がある(京都市上京区)

旧二条城の堀跡。室町通を突き抜ける形で築かれ、防御施設「出隅」を囲った可能性がある(京都市上京区)

旧二条城の復元図

旧二条城の復元図

 室町幕府の15代将軍足利義昭のため織田信長が築いた旧二条城跡(京都市上京区)で、城の最中心部「内郭」を囲ったとみられる堀跡が市の発掘調査で見つかった。室町通という幕府が最も重視したメインストリートを横切る異例の形で築かれ、乱世の緊迫を背景にした近世移行期の遺構とみられる。

 旧二条城は1569年、13代義輝の邸宅跡地に、義昭を奉じて上洛した信長が築いた。調査は上京区室町通下立売上ルの約80平方メートルで行い、すでに終えた。
 堀跡は東西方向で幅6メートル分、深さ最大3メートル分を確認し、底には泥土状の堆積があり、水が張られていたとみられる。16世紀末にでき、江戸時代初頭までに埋められたという。
 旧二条城は過去の発掘調査などから、将軍邸「室町殿」に準じ、方形で内郭や外郭が築かれたとの見方が有力だった。だが内郭の北西角を想定した今回の調査地では、堀跡が南北路の室町通に沿って南方向に折れることなく、通りを突き抜けて西側へ延びていた。主要建物のあった内郭の一部が外に突き出す「出隅(ですみ)」となり、高層建物があった可能性を示すという。
 市文化財保護課は「室町期のメインストリートを横断してまで出隅を設けた意図は何か。どのような建物があったのか。近世への移行期の城郭や京都を考える史料になる」としている。