会場に展示された松本健宏「ヒビノクラシ」(2009~2019年)

<ミュージアムのちから コロナ禍に考える>

 現代染色美術の優品を展示する染・清流館(京都市中京区)は2019年4月、「『ヒビノクラシ』完結記念 蠟(ろう)絵染・松本健宏展~いのちの交響」と題する展覧会を開いた。京都市に住みながら綾部市の「水源の里」古屋(こや)地区に通って制作を続ける松本健宏さんの大作「ヒビノクラシ」を公開した。

 2メートル×約15メートルの画面に古屋の自然と人々の営みが展開する。現在の住民は数人だけという厳しい過疎地域だが、高齢の女性たちが特産のトチを使った商品開発などに懸命に取り組んできた。松本さんは10年に及ぶ制作の中で人々と交流し、その姿も作品に映し出した。

三橋遵「月からの舟」(1998年)

 同館は1991年に京都市美術館で始まった「染・清流展」の出品作をコレクションの母体とする。グループ展や所蔵品展など年間7~8件の展覧会を開催。展示作品は絵画的に仕上げられた大型の平面が多い。

 染色は大型作品に向いていると同館キュレーターの深萱真穂さんは解説する。「絵画だと制作が進むに従って絵の具が盛り上がるが、染色は染料が染み込む。見せたいモチーフを均質に、大きく広がる画面として見せることができる」

 そうした作品の中でも「ヒビノクラシ」はひときわ大きく、絵巻物のような内容が来館者を引き付けた。「『これ知ってる』『ここで拝んだはる』と宝探しをするように声が上がっていた」とスタッフの児島揚子さんは振り返る。染料に比べ、退色しにくい墨で染めてある。古屋を表した作品が長く残るようにと願うゆえだ。

 元々、パネル2面の作品だったが、完成品は16面に及ぶ。松本さんは長い時間をかけて、古屋の暮らしや集落、祈りや妖怪の気配までを「日記のように」表現し続けた。永遠に作り続けてもいいと思ったこともあるが、展覧会の誘いを受け、「完成作を古屋の人たちに見てもらおう」と目標を変更した。

 会場を訪れた「水源の里 古屋」代表の渡邉和重さんは「魂のこもった作品」と絶賛、最高齢は96歳という地元女性3人も来場し、松本さんは涙した。作品には食卓を囲む人々やお産など、かつての古屋の情景と現在とが同時に描かれる。「実際にはないものを現前させるのが芸術の力」と深萱さんは指摘する。

 

 染・清流館 染色の概念を広げる作品として深萱さんが挙げたのは三橋遵さんの「月からの舟」。染めた布、木、竹、石などを素材とする立体で存在感がある。会期途中で打ち切りになったが、グループ展「写真と染のまじわるところ」は写真を染色作品の原図に使う先端的な取り組みを紹介した。染色は伝統工芸の一分野に見られがちだが、作家の意識は現代の世界的な美術の動向と連動していると深萱さんは話す。京都市中京区室町通錦小路上ル。075(255)5301。