クラス誌「くそぎゃある」を持つ赤松さん。右が今回発行した第7号で、左が半世紀前に発行した第1号(与謝野町幾地)

クラス誌「くそぎゃある」を持つ赤松さん。右が今回発行した第7号で、左が半世紀前に発行した第1号(与謝野町幾地)

 1969年の加悦谷高(京都府与謝野町三河内)卒業生らが、半世紀ぶりにクラス誌を発行した。かつて「明日もわからないのに10年後なんてわからない」と記した生徒らは古希を迎えた。編集を担った一人は「過去に戻ったかのよう。同級生がかけがえの無い仲間だと再認識した」と話す。

 クラス誌の名前は「くそぎゃある」。丹後弁で、地域によくいるツチガエルのこと。当時の学生が「無気力」「無関心」「無責任」の「三無主義」などと揶揄(やゆ)される中、市民の代表という意味を込めていた。
 在学中に5号を発行。母への感謝やベトナム戦争反対の思いなど、高校生の胸中や意見の発露だった。高校卒業翌年に第6号を発行したが、それ以来途絶えていた。
 復活のきっかけは昨年11月に開いたクラス会。当時の担任教諭が「『くそぎゃある』を読んできました」と話し、復活させようと盛り上がった。卒業後50年が経過し、加悦谷高が宮津天橋高加悦谷学舎となる節目を意識した。
 第7号は編集委員6人で、4月にまとめた。17人がエッセーや詩を寄せ、仕事や子育て、孫の世話など経験を重ねてきた人生を振り返ったり、近況を報告する内容が多い。37人に発送、同級生らは「あっと言う間に時が流れたなあ」などと発行を喜んだという。
 編集責任者の赤松孝一さん(69)=与謝野町幾地=は「『くそぎゃある』は立場というよろいを脱ぐためのタイムマシン。高校時代はエネルギーの塊だったが、今も夢と希望は失われない。第8号も作れたら」と話していた。