外国人の就労を拡大する改正入管難民法の施行まで、あと2カ月余りとなった。

 新たな在留資格を設けて受け入れの対象を単純労働分野にも広げる。閣議決定された政府の方針では、5年間で最大34万5150人を受け入れる。

 だが、法案の国会審議は極めて不十分だった。制度開始へ多くの課題と不安を残したままになっている。

 いかに外国人を地域に迎え入れ、多文化共生のまちづくりを進めるのか。2万4千人の外国人が住む浜松市の取り組みは、他自治体にも一つの参考になるかもしれない。

 「外国人住民が増えることを、むしろまちづくりの好機ととらえるべきだ」と鈴木康友市長は話す。

 1980年代後半、日本はバブル景気による労働力不足に陥り、入管難民法の改正で日系人(3世とその家族まで含む)の入国と就労が容易になった。工場の多い浜松市は「日本一ブラジル人の多いまち」となる。

 単なる出稼ぎではなく、多くが長期滞在することになり、言葉や生活習慣、文化の違いによる課題に直面した。

 とりわけ深刻だったのは子どもの教育問題だ。浜松市は特に、不就学を生まない仕組みづくりに力を注いだ。

 窓口に通訳を配置するなど行政情報の提供に努め、多文化共生センターなどの拠点を設けた。だが、さまざまな課題に柔軟に対応するには「行政の力だけでは難しかった」という。

 NPOなどの支援団体や外国人コミュニティーなど関係団体が大きな力となった点は見逃せない。現在は、日本で生まれた子どもたちが成長して若者グループをつくり、支援の担い手にもなっている。

 「インターカルチュラル・シティ」という都市政策が欧州で注目されている。

 外国人住民をはじめとする住民の多様性を、脅威や解決すべき問題ではなく、むしろ好機ととらえる。まちの活力や革新、創造、成長の源泉とする政策だという。

 治安面の不安についても、鈴木市長は犯罪発生状況のデータを挙げて「一定のルールできちんと共生が進めば、犯罪は増えない」と断言する。

 こうした先進例を見ると、すでに移民は日本に定着しているのが実態ともいえる。改正法の施行でさらに多くの自治体に浜松市のような取り組みが広がるかもしれない。

 これまでの経験を共有し、課題を検証しながら、まちづくりにつなげたい。

 ただ、浜松市には有利な事情もあったようだ。市内の企業には海外駐在を経験した人も多く、外国語を話せる家族らが支援活動の主体になってくれた。

 小さな自治体では望めないかもしれない。さらに近年日本で増えているのはベトナムなどアジア系の外国人だ。南米日系人主体の対応では追いつかなくなっているとの指摘もある。

 国がしっかりと受け入れ方針を示し、都道府県とともに基礎自治体をいかにサポートしていくかが問われる。