記録的な大雨ではんらんした由良川(2004年10月21日午前6時45分)

記録的な大雨ではんらんした由良川(2004年10月21日午前6時45分)

 台風23号で下流域が大きな被害を受けた京都府北部の由良川は、二十日から二十一日にかけ、戦後最大の被害を出した一九五三年の台風水害以来、戦後二番目の雨量と水位を観測していたことが、近畿地方整備局福知山河川国道事務所の調べで分かった。特に舞鶴市の国道で観光バスが立ち往生した二十日夕から深夜にかけては水位が急激に上昇し、乗客らの避難の遅れにつながった。
 舞鶴海洋気象台によると、二十日の舞鶴市内の一日の雨量は二七七ミリと観測史上最高を記録した。近畿地方整備局によると流域の平均雨量も二七九ミリと戦後二番目となった。上流の綾部市でも総雨量が三〇〇ミリを超えた。
 福知山水位観測所では二十日午後十時すぎに、五三年水害の水位七・八〇メートルに迫る七・五五メートルに達した。同日昼から時間雨量一五ミリを超える強い雨が六時間降り続き、舞鶴市志高の国道で観光バスが立ち往生した午後八時ごろには水位が毎時五〇センチのペースで急激に上がっていた。
 上、中流域では二十日のうちに水位が下がり始めたが、最下流の舞鶴市では二十一日になっても上昇が続き、現場の下流にある大川橋では同日午前二時十分に八・一〇メートルを記録した。
 近畿地方整備局福知山河川国道事務所の辻一義調査第一課長は「水位が急上昇したのは、強い雨が広い範囲で長時間にわたって降ったため。五三年水害は話で聞いたことはあるが、実際にこれほどの水害を体験したのは初めてだ」と話した。

放水による増水否定 上流ダム管理の京都府

 台風23号による増水で舞鶴市の由良川があふれ、観光バスが水没した問題で、上流の大野ダム(美山町)を管理する京都府の担当者は二十一日「バス乗客の救助を考慮し、可能な限り貯水に努めた」と語り、大量放水が下流の増水を招いたとする批判に反論した。
 府によると、大野ダムは東京ドーム十四杯分に相当する約千七百万トンの貯水が可能で、洪水時には流れ込んだ水の四割強をため、六割弱を放水している。ただ満水の場合は、流れ込んだ分をそのまま放水することが規則となっている。
 大雨が続いた二十日夜から二十一日にかけての深夜、放水量をそれまでの倍近い毎秒千四百トンに増やさざるを得ない事態になったが、「人命尊重のため、現状の放水量をできるだけ長びかせる」という方針を決め、緊急避難的に放水抑制を継続したという。貯水量は午前三時ごろに限界水位を超えたが、その後流入する雨量が減ったため、放水量をさらに絞り込んだ。
 担当者は「本来なら規則違反だが、結果的に正解だった。想定を超える雨量だったが、大量の水を上流にとどめることができた」と話し、下流への放水量を抑えたことを強調した。

バス孤立後に「通行止」表示 急激な水位上昇に京都府「対応しきれず」

 舞鶴市の由良川沿いの国道175号で三十七人の乗った観光バスが冠水で被害に遭った問題で、道路を管理する京都府中丹東土木事務所が二十日夕方に由良川の洪水警報が出た前後にも職員を派遣せず、現場確認をしていなかったことが二十一日、わかった。
 由良川下流には二十日午後五時四十分に洪水警報が発令された。同土木事務所は午後三時半と六時に、バスが立ち往生した大川橋周辺で工事をする業者に由良川の水位を報告するよう依頼。しかし舞鶴市街地での冠水で、両業者とも大川橋にたどりつけなかった。午後七時には橋近くの住民に水位を尋ねたが、まだ冠水の報告はなかったという。
 由良川を管理する近畿地方整備局福知山河川国道事務所によると、大川橋の水位は午後四時半ごろに警戒水位の三・五メートルを超え、以降も二十一日午前零時まで一時間に六〇-四〇センチのペースで急激に上昇した。午後八時すぎには六メートルに達し、国道と水面がほぼ同じ高さになっていたという。
 府中丹東土木事務所は午後八時半、市街地での冠水について舞鶴西署からの要請を受けて国道175号の電光掲示板に「通行不能」の文字を表示。バスの立ち往生を知った後の十時四十分に「通行止」の表示に切り替えていた。
 大川橋周辺は一九五三年の台風13号や五九年の伊勢湾台風などでも冠水している。
 同土木事務所は「管内で道路の破損が多発し、舞鶴市内の冠水や渋滞もあって職員の派遣が難しかった。水位上昇もあまりに急激で、対応しきれなかった」と説明している。

京都府内の主な災害 戦後

 京都府内で、戦後最悪の死者数を出したのは一九五三年の南山城水害で、二百二十一人が亡くなった。六〇年代までは死者十人を超える災害がたびたび発生。今回の台風23号による死者九人は、五九年の伊勢湾台風と並ぶ惨事になった。
 戦後の府内の主な災害は次のとおり。
 1949年7月 ヘスター台風=死者・行方不明11人
   51年7月 平和池決壊(亀岡市)=死者91人、行方不明23人
   53年8月 南山城水害=死者221人、行方不明115人
    同年9月 台風13号=死者111人、行方不明9人
   59年8月 八月水害=死者14人、行方不明30人
    同年9月 伊勢湾台風=死者9人
   60年8月 台風16号(桂川水系)=死者11人、行方不明59人
   61年9月 第二室戸台風=死者12人、行方不明251人
   65年9月 台風23号、24号=死者4人、行方不明20人
   72年7月 七月豪雨=死者8人、負傷者17人
    同年9月 台風20号=死者8人、負傷者28人
   83年9月 台風10号=死者2人