だいぶ前、滋賀の母が東京を訪ねてきた時のことです。孫2人を連れ散歩に出て、すいっと(すっきり)したくなり、とあるホテルの喫茶で一休憩。いつもの調子でクリームソーダを探したがメニューにはない。ウエーターに聞くと「できます」。が、10分後にやってきたのは「本物のメロン果汁のソーダに本物のアイスクリームに本物のメロンが刺さった」飲み物だったそうです。お勘定は1杯3千円超。孫の分を合わせ1万円以上。

 世間体を十分気にする母なので、平然とした顔で支払ったんだろうと想像し、ちょっと笑ってしまったぼくですが、このホテルはダメですね。それにしてもマスクメロンでも使ったのかな。そんな“クリソー”があるなんて! 時は流れました。

 さて、この1週間の1面コラムを振り返ってみると、粉末ジュースで「もう1杯を飲めたうれしさ」とか、カルピスが「上品でぜいたくな飲み物」とか、サイダーを「兄が欲しいとさめざめ泣き」とか。若い人が読んだら、ははあサワダさんちはずいぶん貧しい暮らしを…なんて思われるかもしれません。

 それは半分は正しいのでしょうが、あの時代―1950~60年代―はまあ、どこもこんなであったと体感的に捉えております。つまりほぼみんな大概貧しかった。よく言えばとてもつましかった。我慢上手でした。

 ぼくは45年の敗戦から12年後、一回りして生まれた次男坊。物がない家に家電が増えていくのをわくわく目撃してきました。冷蔵庫やテレビ。それにより大きく変わったのが清涼飲料だと思います。「冷え冷え」「さわやか」は子どもを魅了し続けたのです。

 書いていない飲料はまだいっぱい。ミリンダ、ペプシコーラ、バヤリース、ファンタ、オロナミンC、スプライト、カナダドライ、ミスター・ピブやドクターペッパー、なっちゃん…一つ一つに何かしらの思い出がある。

 ところであのホテルの飲み物。「本物のクリームソーダはあんなんと違う」と母は今でもこぼします。「色が薄い」「サクランボもない」「味も覚えてへん」。やっぱり濃い緑色で、ラクトアイスに赤い(缶詰の)サクランボが添えられているあまーいのが、すいっとするんですよねー。〓(編集者)〓