愛知県で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の企画展「表現の不自由展・その後」が、従前通りの内容で再開された。

 展示を巡って暴力やテロを思わせる抗議が相次ぎ、8月1日の開幕から3日間で中断されていた。

 再開されたことで、気に入らない展示を脅迫や抗議によって止めさせられる「あしき前例」となるのを免れた形だ。会期は14日までだが、再開の決断を評価したい。

 ただ、警備を強化し、入場は抽選で1回当たり30人、ガイドツアー形式で見学する。自由に作品と向き合える状況ではなさそうだ。

 県の検証委員会が再開を提言した後も1日200件近い抗議電話が寄せられたといい、事態が収束しているとはいえない。

 それでも、再開にこぎ着けた意味は小さくない。一連の経緯は、日本での表現活動が置かれている「不自由さ」を図らずも示した。憲法で認められた「表現の自由」について考え直す機会となったことは間違いない。

 大きな問題は、文化庁が同芸術祭への補助金を交付しない方針を決めたことだ。展示内容を理由とせず、予想された「運営を脅かす事態」を事前申告していなかったという手続き上の不備を挙げた。

 だが、脅迫の有無や、展示を巡る情報がネットで急拡散する状況まで予想するのは無理がある。

 しかも、補助金採択は有識者の審議を経て決まったのに、不交付は専門家の意見を聞かずに決めた。「事後検閲」を思わせる恣意(しい)的な判断といわれても仕方ない。

 政治家の姿勢も疑問だ。「行政の立場を超えた展示」と中止を求めた河村たかし名古屋市長は、再開後の会場前で抗議の座り込みを行った。菅義偉官房長官は補助金交付に慎重な考えを示している。

 こうした言動は、企画展を中断に追い込んだ脅迫や抗議に、政治家が同調しているかのようにみえる。表現活動が萎縮しないか。

 再開に伴う警備強化などで「運営を脅かす事態」には一応対策が講じられたといえる。文化庁はそれでも不交付の判断を変えないのか。説明してほしいところだ。

 一方、検証委員会がまとめた中間報告は、問題とされた作品が持つ政治性を認めた上での偏りない説明が不足し、展示方法が不適切だったと指摘した。

 「見せ方」にも細心の工夫が必要ということだろう。

 表現の自由を守るには、したたかで柔軟な姿勢も問われているのではないか。