明治の末期に西園寺公望(きんもち)の内閣で逓信相を務めた貴族院の実力者、堀田正養(まさやす)は秋田県初の大臣として知られる。在任は3カ月半と短かったが、出身地の由利本荘市には顕彰する施設も残る▼明治維新以前、正養には別の顔があった。現在の長浜市に陣屋を構えた1万3千石の宮川藩で最後の藩主を務めた。刀を傍らにまげ姿でかしこまる写真が、2月24日まで開かれている長浜城歴史博物館の企画展で目にできる▼15歳で堀田家へ養子に赴き、維新後、そのまま知事となるも廃藩置県に伴って免ぜられ、新政府に従って東京に居を移す。転居時には領民に酒とさかなを振る舞い<君臣父子の別れ誠に遠くになり、誠に残念>(「垣見家文書」)と別れを惜しんだ▼近江は歴史の表舞台として映画やドラマにたびたび取り上げられる。信長や秀吉といったヒーローが所狭しと駆け回る様子は壮観だ。一方で同じ湖国にいても正養のように派手な物語の主役には丈が届かない小大名もいた▼展示写真は陣屋があった集落の住職が後生大事に残していた。今も地元の集会所に掲げてある。「わが村の殿様」を慕い敬う情が住民らに残っている証左なのだろう▼それぞれの土地に歴史があり、先達がいる。脚光を浴びることは少なくても各地各人の心に宿る歴史群像がある。