<あれは、ある雨の日でした>。かわいらしい少女の姿をした妖怪が、そう言って50年前を振り返る。人気アニメ「夏目友人帳」に出てくるエピソードだ▼妖怪は人間の子どもと間違えられ、ある男性に優しくされる。その時渡されたタオルを何とか返したいと願う―。温かく、切ない話の多い同作の中でも、とくに評判だそうだ▼豪雨被害に遭っていい所なんてどこにもない。だが、よりによってどうしてここがと悲しむファンもいるのではないか。熊本県の人吉球磨地方は原作漫画の作者の古里で、作品の舞台のモデルという▼県内で甚大な被害が広がり、死者や行方不明者は多数に上っている。老人ホームが水没した映像は胸が痛む。アニメにも描かれた球磨川の橋は流されてしまった。無情の雨はなお降り続けている▼きのうは2年前の西日本豪雨の追悼式があった。「家族の死を無駄にしないで、皆さまの命に役立てて」と遺族。なぜ被害が繰り返されるのか。改めて検証し、教訓としなければならないが、今はまず被災者の救助と無事を願うばかりだ▼雨がつむぐ優しい物語は古来どれだけあっただろう。容赦なく牙をむく近年の気候は、雨に対する気持ちを変えてしまいそうだ。<あれは…>。振り返ると、つらい記憶ばかりが積み重なっている。