クロード・モネ「睡蓮」などが並ぶ地中館展示室

<ミュージアムのちから コロナ禍に考える>

 アサヒビール大山崎山荘美術館(京都府大山崎町)に車いすで来館した人は、スロープのある通用口から職員に付き添われて出入りする。広報・教育普及担当の池田恵子さんはその送迎が楽しみだという。美術館を訪れたきっかけや作品への思いを語る人が多いからだ。

 ある男性は、70年ほど前に通勤電車から毎日、大山崎山荘を眺めた思い出を語った。緑濃い山の斜面の赤い屋根は遠くからでも目立つ。美術館の開館は1996年だが、山荘は約100年の歴史を持つ。急な坂を登る山腹にも関わらず高齢者の来館が多いのは、懐かしい記憶を呼び覚ますからかもしれない。

 山荘は実業家の加賀正太郎(1888~1954年)が建てた。趣味人の加賀は土地の使い方、建築、調度品の意匠など全てに卓抜した感性を発揮した。加賀夫妻の亡き後、所有者が転変し、取り壊しの危機もあったが、地元の保存運動を機にアサヒビールと京都府が連携、美術館開館にこぎ着けた。

 「聴覚で楽しむ美術館」だと池田さんは語る。扉の開く音、階段のきしみ、時を刻む古い時計。職業体験に来た中学生は「懐かしい感じ」と表現した。濱田庄司やバーナード・リーチら、民芸運動を代表する人々の作品群も温かみを感じる。

 本館を出て、安藤忠雄設計の新棟「地中の宝石箱」(地中館)に向かう。展示室に続く長い階段は目の高さにスイレンの浮かぶ池が見え、コンクリートに足音が反響する。まるで水中に降りていく感覚だ。降りた場所にクロード・モネ「睡蓮(すいれん)」が待つ。全ての音を吸い込むように静まり返った空間で、モネの絵はまるで池底から水面を見上げたように感じられる。

緑の美しい宝石を意味する名を持つトンネル「琅玕洞」

 山荘の入り口には小さなトンネル「琅玕洞(ろうかんどう)」がある。琅玕とは緑の宝石のこと。新緑が濃い緑に変わる初夏は山荘の最も美しい季節だが、今年は新型コロナウイルスのため休館した。

 休館中に何かできることはと考え、「困難な時期でも季節は巡る。作品も残っていく。変わらないものがあることを伝えなければ」と池田さんは感じたという。踏み入れた空間、目にした作品、耳にした音が記憶に残り、疲れたときに戻りたくなる。そんな美術館であれたらと願っている。

 

 アサヒビール大山崎山荘美術館 アサヒビール初代社長、山本爲三郎の民芸コレクションを所蔵品の中核とする。池田さんのお薦めは、バーナード・リーチ「ガレナ釉筒描(ゆうつつがき)ペリカン図大皿」や、河井寬次郎「青磁釉辰砂(しんしゃ)差瓶」など。建築中に、山荘への命名を頼まれた夏目漱石が訪れ、十数個もの候補を挙げた手紙が残っている。結局は加賀の付けた「大山崎山荘」に落ち着いた。大山崎町銭原。075(957)3123(総合案内)。