邸宅「四君子苑」の花頭窓から庭園を望む。謹次郎が集めた石造美術品が点在し、どの角度から見ても表情が違う

<ミュージアムのちから コロナ禍に考える>

 北村美術館(京都市上京区)の創設者北村謹次郎(きんじろう)(1904~1991年)は奈良県の吉野川沿い、上市(現・吉野町)の生まれ。山林王といわれた北村又左衛門家の次男で、家業の傍ら茶道に励み、一流の茶道具や石造美術品を集めた。美術館は謹次郎が京都に構えた邸宅「四君子苑(えん)」の一角に建つ。

時代嵯峨糸桜蒔絵中次

 吉野の人らしく、収集品に桜にちなむ茶道具がある。「時代嵯峨糸桜蒔絵中次(まきえなかつぎ)」はほっそりした姿と、桜の枝が七つの方向に垂れ下がるデザインが美しい。桜に限らず優しい品を好む人だったようで、夏向きの「御菩薩(みぞろ)焼水玉透(すかし)鉢」などは、淡い色も水玉のリズムも愛らしく、はんなりとした風情がある。

御菩薩焼水玉透鉢

 粋人・謹次郎の好みを堪能し、茶道ならではの取り合わせを楽しむ美術館だ。開館時から謹次郎を助けてきた現館長の木下收(おさむ)さんは「茶会に来た気分を味わって」と話す。

 茶会では待合(寄り付き)に掛け軸(寄り付き掛け)が掛けられ、客は茶会の主題を知る。美術館でも、冒頭に展覧会のテーマを示す1幅を掛ける。本席に見立てた展示ケースは床の間のように柱が埋め込まれ、中央に掛け軸か花生けを飾る。

 展示室は5場面に分かれ、茶会が進むように展示を楽しむことができる。道具類をしまう箱や書き付けなども展示する。阪急東宝グループの創設者小林一三は、こうした付属物から以前の所持者らを想像することを「想感」と呼んで重視した。

 謹次郎の旧邸「四君子苑」は名棟梁(とうりょう)といわれた北村捨次郎が手がけた。建物と庭園は特別公開時に見ることができる。如意ケ嶽の大文字を望む広間「看大(かんだい)」は、欄間の桑の一枚板など銘木を大胆に使い、ふすまの引き手は華麗な七宝で飾るなど、豪壮さと優美さを凝らす。庭には謹次郎が選び抜いた約60点の石造美術品が点在する。

 邸宅の半分は戦後、進駐軍の接収で改造されたため、名匠吉田五十八(いそや)が機能的な近代数寄屋に生まれ変わらせた。

 謹次郎は卓越した審美眼で「今様光悦」と呼ばれた。その好みが尽くされた建築や一級の茶道具の並ぶ空間は見どころにあふれるが、木下館長は「茶の心を知るため、ぜひ茶会に足を運んでほしい」と呼びかける。

 

 北村美術館 1977年、京都の茶道美術館の先駆けとして開館した。庭園の石は自称「普請道楽」の謹次郎が各地から集め、宝篋印塔(ほうきょういんとう)「鶴の塔」など3点の重要文化財を含む。60点が互いに邪魔することなく効果的に配置され、謹次郎の並々ならぬ美意識がうかがえる。毎年8月16日には五山送り火を見る茶会を催したが、この会は「石供養」も兼ねたという。京都市上京区河原町通今出川下ル一筋目東入ル。075(256)0637。