「隣で寝ている人が朝死んでいても、何か思う感情さえなくなっていった」菅井安蔵さん(山形県朝日町)

 菅井さんは1945年、満州北部で敗戦を知った。所属していた部隊がソ連軍に降伏、捕虜となり、アムール州南部の収容所に連行された。不十分な食事で、慢性的に空腹だった。製粉工場への荷物の搬入や発電所での石炭の運搬など休みなく働かされた。約300人がこの収容所に入れられたが、正確な数が分からないほどの多くの人たちが栄養失調で倒れ、菅井さん自身も肺炎を患った。48年春に突然、帰国が決まった。2012年、88歳の時に山形新聞社の取材に語った。